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ナイナイのANNが復活だなんて

以前、radikoという文明の力を使ってラジオを聴く習慣が復活したことを書いたが、その記事から大きく話が逸脱しそうだったのであえてサラッとフワッと吸収体が反応しない程度でやめておいた、ナインティナインのオールナイトニッポン(以下、ANN)復活の話。

実際radikoで聴き始めて、育児をしながら2時間のラジオを全部聴くのはなかなか至難で、一気に聴けることなんてまずなかった。聴けたとしても途中子どもの奇声や相手をすることに気を取られて聞き逃してしまうところも割とある。これは、ナイナイのお二人の声のテンションがTVからはしんじられないくらい落ち着いている、ということもあると思う。学生の時に、TVのナイナイしか知らないわたしが初めてラジオのトークを聞いて衝撃を受けたことは今でも鮮明に覚えている。ON.OFFの概念がなかった当時のわたしが初めて大人のONとOFFを理解した出来事…かもしれない(他にもあったかもしれないけど、覚えていない)。

上京したり、就職したりしていくうちに、あんなに熱心に、1週間の放送を録音したテープを何回も聴いていた習慣がだんだんとなくなっていった。いつしか「1日の生活の中で、いつ聴いていたんだっけ?」と思い出せないくらい生活がじわじわと変わっていき、時が流れに流れた。ネットニュースか何かでやべっちがANNを卒業する、ということを知った。けどそれは目にするいくつかのネットニュースのひとつに過ぎなかった。けど、このTVもなく、Wi-Fiも飛んでいない「とりあえず2週間育児をしながら生きる」ことが目的の隔離生活はラジオを聴く時間と動機が大いに出来た。

久々に聞いたANN、そして初めて聞いた岡村隆史のANNは悔しくも志村けんさん訃報について話していた回だった。やはり昔聞いていた落ち着いた声ではあったけど、それ以上に落胆した様子が、東京を離れて少し警戒心の緩んでいたわたしの心に再び人ごとではないんだ、という緊張感を呼び戻した。

隔離生活を経て、実家での居候生活が始まってもANNを聴くことは習慣にしよう、と意欲が湧き何回か実家の二階の自分の部屋でradikoで聴くようになっていた。別で隔離生活を経て、合流した夫もたまたまわたしが聴いている時に一緒に聴いていたことがあり「え?こんなにテンション低いの?!」と20年くらい前のわたしと同様の感想を呟いた(そして「なんか松っちゃんに話し方が似てるな」とも言っていた。これはなかなか新鮮な感想だった)。二人で聴いている時はほんの小さな出来事を引っ張り、面白おかしく話すのを聴いて笑いあったりした。ANNを誰かと聞いて笑うことがあるなんて思いもよらなかった。ひとりで笑いを堪えきれずハハハハ、、!!!となることは昔も今もあるけど。

前述したとおり、子供がいながらradikoのタイムフリー期間内(放送後1週間なので、次の放送までに聴き終わる必要があり、かつ聞き出したら24時間後には聞く権利が消失する。)に2時間の放送を聴き切るのは、意識して時間を捻出しないと聴けなかった。夫が仕事のため、先に東京に戻ってからは車で子供を公園に連れていくこともあり、行きと帰りの車の中でラジオを流したりした。当然、遠回りをしたし雨の時はほぼドライブで終わることもあった。子どもがチャイルドシートの中で寝て、静かな時は停車してANNに耳を傾ける時もあった。夜、子供が寝てから同じ部屋でボリュームを小さくして聞いている時もあった。

そして、この頃ちょうど、岡村さんの失言から矢部さんが登場している回だった。申し遅れたが、わたしは二人とも大好きだが、ラジオはやはりやべっちあってのANNだと思っていた。騒動後初のラジオは、radikoで既に放送されたものだったけど携帯の向こうで今まさに岡村さんが話しているような気がして、言葉に詰まり全く話が繋がらず、何回も言い淀む放送は聴いていてとても辛かった。本当にとんでもないことをしてしまったな、と思っているんだなと感じた。そんな時に、やべっちの登場。岡村さんだけでなく、リスナー全員が久しぶりの、もう聴くことのないと思っていた声を救世主のように感じていたと思う。

そして、救世主の登場はまさかまさかの3週連続だった。2週連続で、事実上ナイナイのANNが復活したことは本当に嬉しかった。と、同時にその時は「さすがに3週連続はないよなぁ、、」と嬉しさと同じくらい寂しさが募った。二人の掛け合いが懐かし過ぎて15周年を記念して発行された「オールナイトニッ本」という書籍の付録についていた、過去の放送をピックアップしてまとめたCDを部屋で流したりしてみた。芋女は当時抜かりなく購入し、iPhoneに入れていたのだ。(完全に余談にはなるが、シャッフルで音楽を流している時に急にこのナイナイのラジオトークがパーティソングとミスチルに挟まれてカットインすることがある)。「もうこの二人の新しい話は聞くことができないのか…」と密かに絶望したりしていた。

しかし、ご存知の方もいる通り、わたし(と同じことを思って絶望していた人はたくさんいると思う)の予想を裏切り、ナイナイのANNがまさか復活するとは。災い転じて福となす、雨降って地固まる、晴天の霹靂、寝耳に水。まさにそんな感じだった。ラジオは起きて聴いてるから、最後は違うか。とにかく、やべっちはもう戻ってこないものと信じ込んでいたので人知れず復活を喜んだ。自粛生活じゃなくても特に分かち合える類の友人がいないので、人知れず喜んでいるだろう。こういう時にtwitterって本当にちょうど良いツールだな、とつくづく思う。リアルで交流のある友人もいて、わたしのこのオタクツイートを目にすることもあるだろうが特に気にならない(だからこそtwitterという根暗ツールで繋がっているんだが)。

と、いうことで育休中のわたしは曜日感覚がだいぶ失われつつあったが、ここへきて木曜日が1週間の区切りとなる生活になりそう。ナイナイのANNの放送が木曜深夜の25時から。なので、この日までに時間を見つけてタイムフリー聴取することが日課になる。

やっぱりこれからの人生にナイナイのANNが加わるなんて例えようのないくらい嬉しい。

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嬉し過ぎて、ついこんな記事を書いてしまいました。また、育休が明けて復職し、子ども成長するにつれてこの習慣も風化していくのかと思うと、少し寂しい気もします。。。

そして、今まで生放送だったナイナイのANNが収録方式になりましたね。これはヘヴィーリスナーの方にはなかなか受け入れがたい変更なんだろうなと思います。しばらく離れていたクセに、わたしも正直ちょっと寂しい気持ちです。が、そもそもタイムフリーリスナー。だし、復活してくれるだけで充分です。ナイナイのお二人、勝手に陰ながら応援しています。

TOP画像、問題ないですか?もし問題があるようだったら変更します。背景の昔のナイナイと、アイコンの最近と思われるナイナイの写真のギャップがたまりません…!!


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