見出し画像

中国、「甘い汁の循環」が崩れるとき

2023/10/01 newleader

中国の不思議な権力

 「当時、皇帝の正餐では、食卓に百品の料理が並べられた。もちろん、この料理をすべて皇帝が食するわけではない。皇帝が箸をつけるのはせいぜい数品にすぎず、ほとんどが余った。余ったご馳走は宦官や宮女たちが先輩後輩の序列に従って順次食べ尽くす。もちろん、料理ができる前に、厨房の料理人たちも余録をせしめていることはいうまでもない。

 ……皇帝の食卓は、中国社会の縮図である。皇帝が、大婚や太寿などの国家的祝賀行事や、宮殿の造営など土木事業を興すたびに、大臣、官僚、下級役人、業者、現場監督、労働者などが、順番に『おこぼれ』の分配にあずかる。この甘い汁の循環を絶やさぬかぎり、その王朝の命脈は保たれるのであった。

 西太后の贅沢は、一個人の私利私欲というだけではなかった。悪くいえば国を挙げての『たかりの構造』、よくいえば『所得の再分配』という意味合いもあったのである。臣民はもちろん、西欧列強さえ、関税や賠償金という形で甘い汁にあずかろうとした。西太后が甘い汁の循環を絶やさぬかぎり、革命派がどんなに頑張っても、清は倒せなかった」。

 中国文学者の加藤徹氏の快書「西太后」の一節です。ながながと引用しましたが、これほど中国という巨大な権威主義国家の権力の本質を描きだした解説を他に見たことがありません。

 さらに加藤氏は「特に清末、西太后が君臨した最後の半世紀はあたかも現代中国のパイロット・プラントの観を呈していた。『洋務運動』という名の開発独裁の成功と破綻、知識人の『反日愛国』運動、『文化大革命』の原型のような排外主義的大衆狂乱、『改革開放』を先取りしたような変法新政。西太后の治世に見られたそれらの動きは、すべて、中華人民共和国の歴史において拡大再生産された。殷鑑遠からず。現代中国の今後を知るうえで清末ほど重要な時代はない」としています。

 その比較すべき現代の中国が経済危機に陥っています。清末に当てはめたとき、このことは最終局面、すなわち皇帝が行ってきた「甘い汁の循環」が止まってしまうことを意味しています。

習近平はすでに挫折していた

 「投資・負債頼みの経済成長からの脱却を目指して2014、2015年とポストバブルの不景気に耐えた習近平政権の『新常態』路線が2016年にひっくり返されてしまったのはなぜか。それは習近平政権が採ろうとした路線が地方政府、重厚長大業種、建設業、等々、経済運営に関する体制のコンセンサスから離れ過ぎていたからに他ならない。

 ……習自身は投資推進・成長維持派ではないことを示唆するが、体制内における『新常態』派と投資推進・成長維持派との人的勢力比は10:90くらいではないか。『権力集中』が言われる習近平とて、こんなに『多勢に無勢』の状況では我を通せないのだ」。

 チャイナウォッチャーの津上俊哉氏の解説です。中国は90年代の終わり頃から「不動産バブル」と指摘されてきましたが、リーマンショックの後、投資効率が急低下しているにもかかわらず、逆に開発投資を増大させ、債務が急速に膨らむ「過剰債務」になってしまいました。習近平氏は、2期目に向けてこの過剰投資・債務問題に切り込むことを企図しました。が、利権層の抵抗はあまりに強く、党大会の前年の2016年に引き締め政策「新常態」を放棄してしまいました。

 利権層として挙げられた、地方政府、重厚長大産業、建設業などはいわば公的セクターで、共産党の基盤といえる世界です。「皇帝」習近平氏にとって「甘い汁」を常に循環させなければならないセクターというわけです。

 おかげで、不動産投資はさらに急膨張、もっとまずいのは、各地の地方政府が「融資平台」というノンバンクを設立し、乱脈に残高を増やし続けてしまったのです。

 売上の急減が続いていた不動産各社は、8月には、大手デベロッパーの碧桂園、遠洋集団が巨額赤字の見通しを発表し債権の利払いが履行できなかったことが明らかに。さらに大手の恒大集団がニューヨークの裁判所に破産申請。人民銀行が金融緩和を続けているのに銀行新規融資が急減していることも明らかになりました。若年失業率は20%超え、一説には40%を超えと見られています。

 実は、特に権力層に近い世界に悪影響を与えないよう、政府は、めったなことで問題事業、金融機関、企業などを潰しません。そこはそれ共産主義国ですから、いざとなったら市場原理を超越した形で政策を打てるわけです。いわゆる「暗黙の政府保証」という奴です。「新常態」が外れたと認識された段階で、この保証が与えられたことになり、リスクを無視した投資が増えていったわけです。

 特に地方融資平台の債務残高は今年1300兆円に上る見込み。中央と地方を合わせた政府債務と同レベルで、伸び率は、政府債務をはるかに上回っており、このところのブレーキのかからない投資・債務バブルの主役です。

測りがたいレッドライン

 「暗黙の政府保証」というと、西側諸国では、信用システムに対する政府の「善管注意義務」を指すのが一般的。旧来は預金受け入れ機関である銀行を政府が保護することでしたが、1997年の日本での三洋証券や2008年のリーマン・ブラザースを銀行ではないから大丈夫と法的処理したところ、クレジットクランチを起こしてしまいました。当局者が軽率だったのですがコール市場、CDS市場も市場参加者には「暗黙の政府保証」の傘の下にあるべきものと見られていたのです。

 さて共産主義国なのか、資本主義国なのか判然としない中国。過剰投資・過剰債務問題をソフトランディングさせるには、「暗黙の政府保証」を外していくしかありません。しかし、そもそもどの範囲までが安全圏なのでしょうか。西側の金融の論理で行けば、信用毀損の連鎖が及ばない限り、となりますが、もし保証の範囲が「甘い汁の循環」全体と認識されていたら。クレジットクランチの際、保証が消えたとたん、一斉に資金が引かれるように、「たかり」ができなくなったとたん権力への支持から手が引かれるのでは。

 およそ人智の及ばない国・中国の過剰債務の崩壊は、人智の及ばない副作用を引き起こすかも。最近の習近平氏の挙動不審は、何事かを意味しているのではと思えます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?