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政治社会学とアイデンティティの話 #1

人間は、社会から完全に隔離された状態で、もしくは完全に自己に起因する形で、アイデンティティを有することはできるのだろうか?

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政治社会学という学問がある。「社会における異なる行動者にどのように力が分配されているのかを、社会的要因を検討することで理解しようとする、社会学の一分野 (訳は筆者、Scott and Gordon, 2015)」である。「政治社会学は、社会学と政治学との学際的なアプローチによって政治現象を解明しようとする社会学の一領域である(Weblio辞書、ND)」の方がわかりやすいかもしれない。政治哲学的な'Politics'の定義の一つである「力の分配」が、どのように社会要素によって左右されているのかを検討する、「政治学が理解しようとしてきたこと」を「社会学的の視点から理解する」学問らしい。

ここでいう「社会的要素」というのは、ジェンダーや民族や人種などの、社会の他のメンバーから区別することができる特定のグループのことである。いかなる社会においても、「権力」と言うのは必ずどこかしらのグループに偏っていて、それがなぜ起こるのかを考えるようだ。「何を以て権力とみなすのか」もまた論争の尽きない分野だが、それはまたそのうち述べることにしよう。

政治学者たちは、アイデンティティ、特に民族に関するもの(ナショナリズム)を、決定論的だと考えてきた。ナショナリズムを説明する理論(どうして人は民族意識を持つようになるのか?と言う問いへの答え)にもさまざまなものがあるが、そのどれもが、「人間の中にナショナリズムは存在していて、何かしらの要因で呼び起こされる」もしくは「何かしらの目的のために、作り出される」と言う説明の仕方をしている (Mole 2007)。つまり、「民族的アイデンティティ」というものは、「それを呼び起こす要因」もしくは「それを作り出す要因」によって作り出されるもので、「存在することが(人間が行動しなくても・何をしようとも)決定している」ということだ。

一方で、政治社会学者は、「心理的な要因から、自分の周りに存在する人間を理解するため、かつ自尊心を得るためにアイデンティティを創出する」と考える(らしい、Mole 2007)。この定義で面白いのは、彼らにとってアイデンティティは、周囲の人間と自分を区別化するように機能しないと意味がない。例えば、日本人しかいないことがわかっているコミュニティの中で、自己紹介の時に「私は日本人です」と言ったとしても、それは自己を他者と区別する機能を持たないから、アイデンティティとして意味を持たない。そこには、性別や信教、年齢など、「他者と自分を区別し」かつ「所属することで自分が自尊心を得られるような」性質を持ったアイデンティティが存在せねばならない。

かつ、政治社会学的には、アイデンティティは「人間が認知することで発生する(=絶対的に特定の人の内面に存在する訳ではない)」ということだ。例えばある人が自分のアイデンティティを「女性」と認知することは、「現存する『女性』というカテゴリーに参加する」よりも、「自分が他者と比較して『女性』であることを認知する」ことで、そこに「女性」というカテゴリーを生じさせることになる。そのような点において、冒頭で問いかけたような、「完全に自己に起因する形でのアイデンティティ」というものは、存在しないことになる。人間は他者と比較する形で自己を定義し、自身を取り巻く他者が変われば、必然的に自己の定義も変わらねばならないからだ。

この「自己を区別するためのアイデンティティ」というのは、個人的に大変理解しやすい。日本に住んでいる際には、周囲も日本人であるから、自己の定義は「女性」とか「年齢」「職業」など、それぞれが自分のアイデンティティの中で大切に思う何かを強調することになる。一方で、イギリスに住んでいる時には、自己を最も顕著な形で他者と区別するのは、主に「日本人であること」だから、アイデンティティも「日本人であること」に偏ることになる。このシフトは、今まで漠然と受け入れてきた「日本人であること」を突然全面に、かつアイデンティティの中心に押し出してくる上に、そこに「自尊心がついてくるか」と言われれば特にそう意識したこともないため、結果として「自分は何者なのか?」という漠然とした不安感に繋がるのではないだろうか?

政治社会学が扱う「アイデンティティ」は、本来はより広く、冒頭に述べたように、政治的行動の理解や分析につながっていく。本当はその話をしたいが、あまりに長くなってしまうので今回は一旦ここまでにして、続きはまたいつかにしよう。政治社会学、面白いかもしれない。

【Bibliography】

Scott, J.  and Gordon, M. (2015). 'Political Sociology', in A Dictionary of Sociology (3 ed.). Available at: https://www.oxfordreference.com/view/10.1093/acref/9780199533008.001.0001/acref-9780199533008-e-1744 (Accessed on:15 Jan 2022)

Mole, R.C.M. (2007). ‘Chapter 1: Discursive Identities / Identity Discourses and Political Power’ in Mole, R.C.M. (ed.). Discursive Constructions of Identity in European Politics. Basingstoke: Palgrave Macmillan, pp. 1-24

Weblio辞書(ND). 'Political Sociology. Available at: https://ejje.weblio.jp/content/Politicsl+sociology (Accessed on:15 Jan 2022)

勉強した内容がとっっっても面白くて書いているのはいいものの、英語で学んでおり、かつ日本語で学んだことがない理論なので、対応する日本語を有さず、不自然な文章になってしまうのが残念です。

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