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「課題解決」って、そんなに簡単じゃない。

読んでいてちょっと(というかだいぶ)違和感のあった記事がありました。

まず「おや?」と思ったのが、

プログラムの期間も様々で、1泊2日や2泊3日などのコンパクトなプログラムから、1週間から最大1ヶ月程度滞在するプログラム、複数回にわたって地域を訪問するフィールドワークを含んだ数カ月間にわたるプログラムなど、様々なスタイルがあります。

「地域課題解決」というのは、果たして1泊2日とか2泊3日でできるものなのでしょうか…?
正直、数カ月ですら足りない、ちゃんとした(見かけ倒しではない)成果を求めてやろうと思うなら、最低でも数年はかかるような気がします…。

違和感ポイントはまだまだあって、

地域課題解決型ワーケーションとは、企業の従業員が地域関係者との交流を通じて共に地域の課題を考え、解決アイデアを出したり、実際に解決に取り組んだりしていくスタイルのワーケーションスタイルを指します。

考えて、アイデアを出すだけで「地域課題解決」になるなら、
今頃、地域には課題なんてひとつもないはずです。
ビジネスの世界ではよく言いますよね、
「アイデアだけでは価値はない、実行しなければ意味はない」と。
地域課題に限っては、アイデア出しだけでOK!となるのでしょうか…?

…ここまででももうだいぶヘイトが溜まってますが、まだあるんです。
先ほどの文章に続く、もう一文。

企業のSDGsへの取り組みとしてだけではなく、地域での課題解決体験を通じた従業員の人材育成、地域との交流による新規事業の創出など様々な観点から注目されています。

これ、よく見ていただくと、主語が「企業の取り組み」「従業員の育成」「新規事業の創出」と続く。
…そう、肝心の地域側の目線が一切ないんです。
「本当に地域の課題が解決し、地域が豊かになったか」という観点が、すっぽり抜けている。
地域というのは、企業の人材育成のために使い勝手のよい教材か何かなのでしょうか…?


…なんだか最後は揚げ足とりみたいになってしまいましたが、
別にこの特定の記事を貶めたいという意図はあまりなくて(書き手の方にはもうちょっと考えて書いてほしかったなあという思いはありますが)。
むしろ、こういうのって「地方創生あるある」だと思うんです。
都会から来た側は盛り上がっているけれど、受け入れる地域側はなんならその受け入れ対応でむしろ疲弊している、みたいな。

なぜかというのも、個人的には割と明快で、
こうやって取り組みをつくる・企画する側の人たちに、地域課題に対しての当事者性がないからなのだろうなあ、と。
早い話が、課題が解決されようがされまいが、どうでもいいんですよね。
自分は住んでないし、ビジネス以上の利害関係もないし、その地域課題がもし解決されなかったところで、別に自分が困ることはない。
本当にそこに自分の暮らしがあって、直面している課題を己がものと捉えていれば、そんな中途半端な関わり方にはならないはずなんです。


もちろん、ヨソモノだから着眼できる課題とか、しがらみがないからこそ起こせるアクションというのも絶対あるはずだし、
ヨソモノが携わることの意義自体を否定したいわけではなくて。
むしろ、私も今居る場所ではヨソモノだし、ヨソモノが持つ力も、当然信じてる(信じてなきゃ今ここにはいない)。

でも、それにしたって、その地域で長く培われてきた関係性とか知恵とか、
先人の取り組み・文脈を無視していい、ということにはならないはずで。
そういったものをないがしろにして突き進める取り組みというのは、
「ヨソモノが新鮮な風を地域に持ち込む」というよりも、
「黒船が砲弾を打ち込んでその土地をまっさらにする」というほうが、ニュアンスとしては近い気がします。
土壌を豊かにする、のではなく、土をまるごと全部入れ替えてしまう、という感じ。


もちろん、
「衰退し続けている今の地方はどうしようもないから、全部まっさらにしてゼロからやり直したほうがいい」とか
「地方なんて救う必要はない、都会にどんどん集約していくべき」
みたいな考えを持っている人もいるし、
それはそれでひとつの考え方だと思うから、
だったら最初からそう言ってくれたほうが潔いです。
きっとそういう姿勢を評価してくれる人は、地域の中にも多少はいるはず。

でも、もしそうでないのだとしたら、
それぞれの地域に、少なからず「自分たちの住むこの場所をよくしたい・どうにかしたい」と思ってきた人とその試行錯誤が蓄積されているはずで、
それらの多くはうまくいかなかったり、なかなか日の目を見なかったりしているのかもしれないけれど、
そういう「失敗事例」にも、学ぶべきヒントはたくさん隠されている。
そして、そういう「しくじり」を知るためには、当然ながら、表面的じゃない、しっかり懐に入り込んだ関係性を、じっくり築いていく必要がある。
でも、そういうのって、単純に時間がかかるし、表層的に「地方創生」を捉えている人にとっては、なんならめんどくさいまでありますよね。


私も、いわゆる「田舎」と呼ばれる場所に住んで数年になりますが、
まだまだ「ヨソモノ」成分は良くも悪くも全然抜けていないし、
この地域に流れてきた文脈とか、取り組みの蓄積とか、そういったものをついつい忘れて、表層的な「課題解決」に突っ走ってしまいそうになる。
でも、そういったものへのリスペクトを忘れずに、そこに「積み上げていく」ように物事を進めていった方が、
周りで応援してくれる人も増えるし、余計なところで突っかかることが少ない、いろんな物事がスムーズに運んでいくんですよね。

自分自身がこの土地で暮らす「生活者」だから、あんまりムチャなことはできない、ということもあるけれど、
仮にそうでなかったとしても、この「『これまでの積み重ね』に対するリスペクト」は絶対に忘れてはいけないなあと思っていて、
自分自身が何かするときに、大事にしたいと思っている指針のひとつでもあります。

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