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私の今までの研究人生⑤研究室配属立ち上げと新研究領域への挑戦:稲永清敏名誉教授(九州歯科大学)

 1994年、九州歯科大学生理学講座の教授として赴任してきた稲永先生(名誉教授)。教育(研究室配属の立ち上げ)と研究(唾液腺研究)に邁進する。(小野堅太郎)

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8.基礎配属と研究室配属への思い出

 教授になってから、皆さん経験することかと思いますが、新任教授は教授会で色々な役を頂く(押し付けられる?)ことです。私が赴任してきた丁度その年は、九州歯科大学では、進学・専門課程制度を廃止して6年一貫教育制度に切り替え、新しいカリキュラムに移行した年でもありました。そのカリキュラムの特長の一つがリサーチマインドの醸成を目的とした基礎配属でした。私は産業医科大学で研究室配属を経験していたものですから、実務担当者として基礎配属を計画・立案を仰せつかることになりました。基礎配属は、4年次生後期に80時間の研究活動を行わせるというものでした。”基礎”配属ということだから、当然、臨床は入らず基礎講座で分担をしなければいけません。当時、基礎講座は9講座(口腔解剖1、口腔解剖2、生理学、生化学、口腔病理学、口腔細菌学、歯科薬理学、歯科理工学、口腔科学)からなり、基礎部会を中心として活動していました。4年次生95名の学生を9講座で割り振るのだから、単純に計算しても10名以上をひとつの講座で面倒みることになります。当時は教員にも高揚感があったのだろうと思います。私が若かっただけかもしれません。思い返すと、大変だったという記憶は余りありません。楽しくて、楽しくて仕方がなかったという記憶もありませんが。生理学講座では、講座内で発表会を行い、その後、教室で飲み会をするなど、それはそれで結構楽しい時を過ごさせてもらいました。

 基礎配属は平成18年には研究室配属に変わり、5年次の前期60時間で行われることになりました。私には再び研究室配属の土台を作る役が回ってきました。基礎配属では行っていなかった発表会の開催、発表会で選ばれた代表をステューデント・クリニシャン・リサーチ・プログラム(SCRP)への派遣するという新たな企画を導入しました。また、研究室配属に関することがらをまとめる機会を得ました。研究室配属に関してのアンケート調査を解析したところ、教員の指導意欲がそのまま配属学生の研究意欲に反映されるという結果でした(稲永清敏ら, 2009)。至極当然の結果ですが、学生はよく教員がやることをみているな、と思いました。平成27年度より研究室配属が2年次の前期40時間で行われることになりました。時代の趨勢でしょうか、学生が直に研究に携わるカリキュラム時間は先細りしている感があります。色々な見方ができるでしょうが、本学で研究室配属が残ったことだけは、産声を上げたときから携わってきた身としては素直に喜んでいます。たった40時間で研究成果を出し、ましてや論文の作成までもっていくのははなはだ難しいでしょう。今後の学生と教員の皆さんの健闘を祈ります。

9.遺伝性多飲マウスと唾液腺

 歯学部のなかにあって、研究の中心を中枢性体液調節のメカニズムの解明としたところで、なかなか大学院生は来てもらえません。九州歯科大学に赴任してからは、喉の渇きに軸足を移し、さらに、口の乾き(唾液分泌)との関りをもとうと考えました。

 喉の渇きを評価するラットやマウスを使った飲水行動実験ができるようになったのは、大学院生として浜田(吉岡)さんが来てくれてからでした。今は取り壊されてしまいましたが、当時に動物実験施設の隣には建物があり、タイミングよく特殊管理区域として改装していただきました。いろいろな処置を動物に加え、行動実験をするには、うってつけの施設でした。動物の研究室への持ちだしや、その後の管理・観察が比較的自由に出来ました。そこでは、SPF以外の動物も持ち込み可能だったので、兼ねてより実験してみたいと考えていた遺伝性多飲マウスの多飲性と唾液腺との関係について調べてみることにしました。遺伝性マウスは、水腎症を発症しやすく多尿を来たすために多飲性を示すことが知られていました。さらに、血漿浸透圧も高いことから、私は唾液腺にも異常があり唾液分泌も低下しているのではないかと考えました。その予想は当たっていて、唾液腺は萎縮し硬く、唾液分泌は低下していることが判り、American Journal of Physiologyに成果を発表することができました(Hamada et al., 2000)。この研究でも私の物づくり精神は発揮され、硬さ測定器を考案して唾液腺の硬さを定量化することができました(下図)。

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 丁度その時、唾液腺の組織学的研究では有名なTandler博士が口腔組織学教室で研究をされていたので鏡検をお願いしました。何度も組織を見てもらいましたが、固定の仕方が悪かったのか、空胞化した組織像がやたらと多く、何か良く判らない、という結果でした。組織学的な知識が私にもう少しあれば、解決する糸口が見つかったのではないかと、今も残念に思っています。当時は本学の施設では動物の繁殖は許されておらず、実験の度に本マウスを繁殖されていた産業医科大学の山下教授(後、上田先生、産業医科大学教授)の教室から譲り受けなければならなかったことや、唾液腺の腺房細胞に生化学的な異常は認められなかったこと(Tsumura et al., 2006)から、これ以上の研究の継続は断念しました。しかし、この研究を契機に、唾液腺の研究に着手することになりました。

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 さて次回は、ラットでの耳下腺唾液分泌の自動リアルタイム測定器の開発と「喫煙と渇き」の研究についてです。


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