じぶんの人生に全力で「イエス」と言えるか。


こんにちは、精神的露出狂と最近噂になっているまなだむです。

精神的露出狂……。またラベルが増えました。
なぜそんなにがんばっているんですか、と聞かれます。

「婚活にサードウェイブを☆」とスローガンを掲げお婿さん募集していることも、自身の黒歴史をさらすことも傷を舐め合いたいからではありません。
 


私って可哀想でしょ……。と言いたいわけでも、もちろんありません。

 


問題やトラブルに遭ったことがきっかけで、意識高い系の勘違い上から目線攻撃をかましていた時には知りようもなかった、本当のじぶんのきもちや、生き辛さを抱えている人のきもちがわかるようになりました。


結論からいうと、今とってもいい感じ。
超超超いい感じ!超超超超いい感じ!


ということは。

 


問題なんてなかった。
それは本質的に「問題」ではなかった、ともいえるのかもしれません。


私は小さい時、虫が好きでよく虫取りをしていました。
観察していても飽きることがありません。虫は萌えである!
そして不思議だなあと思っていることがありました。

 

どうして蝶は最終的に羽を生やして飛び立つのに、生まれた時から成虫にならないんだろう。

 

繭の中のさなぎは、じぶんがどんな姿に変わるのか、わかるのでしょうか。たぶん、わからないと思います。
さなぎの間は動くことができません。
いくら繭が頑丈でも、動かないでいることのリスクも大いにあります。
でもリスクをおかしても変わらなくてはならない、とさなぎになる準備をはじめます。


私たちも生まれたときから、うまく社会に適応できるようにはなっていませんよね。その意味が、ぜったいにあるはずです。
最初から楽しく、快適に暮らすことができないように、仕組まれているのかもしれません。
さなぎの時代を終えて繭から出るときには、どんなじぶんになっているのか。私もじぶんのことなのに、わかりません。でも、楽しみにしていようと思います。


 

元カレにボコボコにされ、住むところを失くし、正常な判断ができないくらいに弱り、シェアハウスに保護されたときでした。ある人が言います。


「まなちゃんって、メンヘラなんだね〜」。

 

「メンヘラ?わたしが?」

 

メンヘラ。

う〜〜ん、メンヘラか。
決して気分のアガる言葉ではありません。
でも、そう言われたらなぜかこころがふわっとラクになったんです。
なぜでしょう。

 

おそらく、じぶんの形がわかったからだと思います。
客観的で、多角的な視点というのは、遭難しているときに現在地が見つかるような希望に似ています。
これについてはブログで言及しています。
「メンヘラがじぶんをメンヘラと言いたがる問題」

読んでみてください。

 

 

立ち直り方には順序があります。
まずは、じぶんのポジションをつかむこと、客観視できることです。
現在地をつかむことですね。
じぶんについて分析できるようになったら、それを誰かとシェアできるようになります。そうすると傷の治りもはやいですし、新たな発見もあります。
誰かを励ますことができるようになれば、完全復活も目前です。

だから傷を舐め合う時期も必要なんですよね。
元気な人から見ると気持ちが悪いかもしれませんが、それも大切なステップなんです。
さなぎが成虫に比べるとあまり美しい形をしていないのと同じなのかもしれません。

 


さなぎがきちんと生き残り、繭を破って外界に出るには、繭の張り方が重要です。
繭が弱ければ生き残れません。
丁寧に美しく、丈夫な繭を準備しなくてはいけません。
立ち直り中のさなぎさんの為の繭の上手な張り方についても、また別記事で投稿します。

 

さて。やっと本題です!
なぜ私が精神的露出狂をやっているのか。
 

 

私の経験はたしかに多くのひとが経験することではないかもしれませんが、誰にでも似たような状況に陥ることはあり得ます。
だからこそ、言わせてください。

今あなたが悩んだり挫折していることは、取るに足りない小さな問題だから気にするなと言いたいのではありません。

大きな問題ではないけれども毎日続く漠然とした不安、このままでいいのかという焦り、これもあなたにとっては解決したいものですよね。

 

悩みも、苦しみも、メンヘラも、鬱も、障がいも、メサコンも、ラベリングしたものは最後には破って燃やすものです。
火にくべながら笑うものです。



どの花の蜜を吸ったらいいかわからない、どこに向かって飛んでいるのか、どこに戻ったら良いかわからなくなっている迷える蝶さんも、何かあったらさなぎに戻ったって良いんです。


問題自体は問題ではありません。
そこには抑圧しているきもちや、劣等感があるのかもしれません。
私はメンヘラと言われたことで、現在地をつかむことができ、うまくさなぎ期間に入れました。
どういう方法で繭を張り、いつ繭を破って外に出るべきなのか理解できたのです。

 

命題があれば、かならず解があるはずです。
だから悩まなくたって良い、ということではありません。
悩んでも良いんです。
おやすみしても良い。
悩んで泣いて絶望しても、その体験はぜったいにむだではありません。


バカで救えないじぶんだけど、
じぶんの人生に全力で「イエス」と叫んだら、
バカもメンヘラも燃やしてしまえたような気がして、
とても楽になりました。

そしてそれができるのは、じぶんしかいないのです。

《終》


☆有料コンテンツになっていますが、最後まで公開しています。お気持ちいただければ幸いです。頂きましたものは「ミンダナオ子ども図書館」に寄付します。

 

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