そうなんだ、いつだって 〜V6と『愛なんだ』について〜

この世で一番良い歌は、V6の『愛なんだ』だと思う。異論は(出来れば)認めたくない。

YEAH そうなんだ きっとここから愛なんだ

この文字列を見て、『愛なんだ』のメロディーを口ずさむことの出来る人は多いと思う。とてもキャッチーだし、V6が音楽番組に出演するとかなりの確率で歌われている曲だから。V6イコール愛なんだ、だと思っている人も多いのではないのだろうか。

でも何がどうなって、 サビのYEAHにたどり着くのか。ちょっとおさらいしてみる。


風のガードレール
行きたい場所もなく
どうしてこんなに渇いているんだろう

胸に巡るまぶしすぎる夢も
時の流れにいつか消えてしまうのかい


で、YEAH そうなんだ なのだ。

そう、結構暗い。からの明るいサビは改めて見てみるとちょっとチグハグな感じがするし、かなり急転直下の展開だと思う。でも、私は一番がこの歌詞でなければこの世で一番良い(と思っている)この歌に出会えなかったし、V6にも出会えなかった。

11月1日の今日、どうしてもこのことについて書き残したくなった。きっと長くなると思うけれど、少しお付き合い頂けたらとても嬉しい。


私がこの曲に出会ったのは、高校生の頃だった。たまたま音楽番組を見ていたらちょうどV6が出演していて、『愛なんだ』を歌い始めるところだった。

あぁ、あの♪そうなんだ ってやつね。

V6のことはもちろん知っていたし、特にすごく好きという訳でもなかった。『愛なんだ』は、サビだけは分かるという感じだった。けれど、何の気無しに画面を眺めていた私の胸は、この直後、グサリとやられてしまうことになる。一体何に?もちろん、♪風のガードレールから始まる、一番のこの歌詞に。


風のガードレール
行きたい場所もなく
どうしてこんなに渇いているんだろう

胸に巡るまぶしすぎる夢も
時の流れにいつか消えてしまうのかい


あれ、この曲ってこんな歌詞だったの?暗くない??そう思った。

当時の私は、とにかく学校が嫌いだった。高校生にとってのほとんどを占めていた学校が嫌いだったから、とにかく毎日憂鬱だった。何もすることがなくて、出来ることがなくて、楽しくないと思っていた。でも周りのクラスメイトたちは楽しそうにしているように見えてしまって、心がカラカラだった。

今から思えば、当時の私には既にうっすらと夢のようなものがあった。それは大人になった今の私にも通じているくらいには強い、夢の始まりのようなものだったけれど、その強さゆえにあまりにまぶしくて「どうせ叶わないよな」としか思えていなかった。

初めてちゃんと聞いた『愛なんだ』は、当時の気持ちの全てを見透かしてくる歌詞だった。


YEAH そうなんだ
きっとここから愛なんだ
はじめることが愛なんだ
傷つくこと怖れちゃ
だめ だめ だめ だめだよ BABY


それでも、そうだとしても。自分の気持ちの痛いところを認めてくれる優しさと、前を向こうとしてみる勇気がこの曲にはあった。そして何より、テレビの中のV6はものすごく楽しそうに歌っていた。全部が、たまらなく温かかった。うっかり泣いてしまいそうなくらいに。

こうして私は『愛なんだ』が大好きになった。もちろんV6も。剛くんの舞台を観に行ったし、トニセンのTTTにも足を運んだ。TTTのvol .2では、トニセン3人での『愛なんだ』を聞くことが出来た。本当に感動した。

けれど、今日の日まで6人のライブには行くことは叶わなかった。やっぱり行ってみたかった。6人に会ってみたかったな。すごく素直にそう思う。



今日の日まで私はいつも、V6から「誠実さ」を受け取ってきたような気がする。

それは、彼らの音楽から、自分の道を突き進む姿勢や情熱から、自分以外の誰かに対する思いやりから、温かくて柔らかい雰囲気としか表現できないものから、いつもいつも放たれていた。まだ学生だった私は、いつか必ずこんな大人になりたいと、彼らに憧れを抱いたりもした。

でも、その「誠実さ」って一体何だろう。「誠実」ってどんな意味だろう、何のことだろう?

V6の歴史に幕が下されることが発表され、11月1日が近づいてくるにつれて、私はそんなことを考えるようになった。時は流れて23歳になり、大人って何なのだろう?と苦しみ始めた私にとって、それは避けては通れない疑問になった。

辞書で「誠実」と調べてみた。すると、「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。また、そのさま」と書いてあった。

「私利私欲をまじえず」。まずそこに引っかかった。

こんなnoteをちまちま書き続けているあたり、もしかしたら察しがつくかもしれないが、多分私はちょっと変な人だ。正直に言って、私利私欲人間だ。

何というか、皆が普通にやっていることに、いつもどこか馴染めない気がしてしまう。なんか居心地が悪いなと思ってしまったり、自分がやるべきことはこれじゃないんじゃないかと自問自答ばかりしてしまったり。

自分に正直、と言えば聞こえは良いのかもしれないけれど、その分たくさんの回り道をしてきた。私は全然大人になれていないんじゃないか。大人になれていないんじゃないかというより、社会人をやれていないんじゃないかというか。自分に嘘をつかないことが周りに対して誠実さを欠いてるんじゃないかと思ったりして、よく苦しくなってしまうのだ。


じゃあ、「私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること」の「真心」は?辞書にはこうあった。「偽りや飾りのない心」。


この一文を見た時に、真っ先に思い出したのは、あの歌詞だった。


風のガードレール
行きたい場所もなく
どうしてこんなに渇いているんだろう

胸に巡るまぶしすぎる夢も
時の流れにいつか消えてしまうのかい


孤独なんか
なんでもないふりで
どうして心は道に迷うんだろう

わかりあえる誰か探しながら
すれちがいの優しさに戸惑ってばかり


『愛なんだ』に、V6に出会った頃から変わらないこんな気持ちたちが、今の私にとっても偽りや飾りのない心だ。決して明るくない、いくら拭っても消えてくれない影のような感情。それでも、きっとここから愛なんだと、はじめることが愛なんだと信じてみること。

そう歌う彼らが、そしてそれを体現し続けている彼らの姿こそが、私が受け取ってきた誠実だったのだと思った。そして、この歌があったから私は自分を認められたし、少し先の自分を信じてこられたんだ。


知りたい ふれたい 見つけたい
いつかほんとの愛だけかなえたい
いつでも どこでも 与えたい
もっとすべてを変えてみたい

逃げない 負けない 離さない
いつも感じることなら嘘つかない
いつでも どこでも 求めたい
もっとすべてが変わるまで


そう、2021年の11月1日の今日思うこと。私はただ大人になりたいんじゃない。彼らのように、ずっと誠実でいたいのだ。



デビューから丸26年が経った今日、V6の歴史には終止符が打たれる。

私が生きてきた時間よりも長い年月。私が生きてきた時間のうちには物心がついていない時間も含まれているから、そう考えてみるとちょっと恐ろしい。26年間、どんな景色を見て、どんな感情を味わって、走り続けてきたんだろう。そして、どんな思いで幕を下ろすのだろう。私には想像もつかない。

でも、一つだけ分かることがある。それは、私は26年の軽くその倍くらいは、V6の音楽を聴き続けるんじゃないかなということ。こんなに温かい音楽は、他にない。こんなにも愛を受け取ってきた音楽は、他にないのだ。


いつだって
きっといまから愛なんだ
はじめることが愛なんだ
ふりむいてばかりいちゃ
だめ だめ だめ だめだよ BABY
きっと涙も愛なんだ
微笑みもそう愛なんだ
つよい気持ちでいれば
かならずある明日の太陽


この世で一番良い歌は、V6の『愛なんだ』だと思う。異論は(出来れば)認めたくない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?