このてのひらに-red ①

『そっか…仕事なら仕方ないよな。伝えとくよ。まぁ皆わかってると思うけど。』

『残念だけど…よろしく言っといて。あと…おめでとう…って』

『もちろん。あいつのデレデレ顔の写メ、送るから』

『いらねーわ!』





▤▤▤▤▤

おれたちが付き合ってたことは、誰も知らない。
メンバーさえ。
いや、気付いてるやつはいたかも。
でも、気付いたからと言ってとやかく言うやつもいない。
そっとしておく。
自然にできた、おれらのルール…っていうほど
縛りの強いものでもないけど。



彼女は、後輩だった。
5、6人の仲間の集まりに来ていたのは偶然。
社会人1年目で、おれの友達と同僚になって。
紹介された時に…


一目惚れって、あるんだな…


仕事柄、初めて会う女の子には警戒のベールというかバリアを張る癖があるんだけど

彼女にはそんな心配なんていらなかった。


はじめまして、っていう最初のアプローチ。
下心丸出しの上目遣い。
マスカラ(っていうの?)でカールされた縁取り。
髪の毛をくるくる巻いて
唇は天麩羅食べたんですか?みたいにぎらぎら。
『テレビで、いつも見てます(はーと)』みたいな。

っていう、おれの飲み会での女子に対する先入観を
すべて取っ払った娘だった。

社会人1年目っていうのもあるだろうけど、
白いボウタイのついたブラウスにネイビーのストライプのスカート。
ストレートの髪は同じネイビーのシュシュ(っていうの?)で1つにまとめられていて。


『はじめまして、○○です。今日はお仲間の集まりにお邪魔してしまってすみません。』

なんて謙虚…

『大丈夫、大丈夫!おれの同僚になったから、翔にも紹介しときたかったんだ』

『ていうかお前、部下ができた自慢しに来たんじゃねーの?』

『あ、それもある』

『可哀想に…こきつかわれたら、おれが怒ってやるよ』

『大丈夫です。先輩は、すごく丁寧に教えてくださって…』

『おいおい、言わせてんじゃねーの?』

『ちげーよ!』

▤▤▤▤▤



始まりの日が、とても遠く感じる。


おれは初めて自分からメアドを教えた。
彼女は、ものすごく躊躇してた。


それから…少しずつメールするようになって。


どうして躊躇したのか聞いてしまった。
そしたら…

[先輩から聞いていた櫻井さんのイメージと…違ったからです]

って。
あいつ、どんなイメージ刷り込んでんだよ!


[ちなみに…どんなイメージだったのか、聞いてもいいですか。]


[知らない女の子が来ると…あからさまに嫌な顔するけど、気にしなくていいからって…あ、あの。怒らないでください。すみません。]


[おれ、怖そうだったのかな。]

[少し…。でも、お話ししてたら怖いってイメージは変わりました。社会のこと、世間のこと、とてもしっかり教えてくださって…嬉しかったです。]

[偉そうだったよね、ごめんね]

[いえ、ありがたかったです。]

[おれとメールするの、迷惑だったかな?]

[そうじゃないです!ただ…櫻井さんのような人が、簡単にわたしなんかにメルアド教えても大丈夫なのかな…って]

[心配してくれてたの?!]

[はい…]

[そんな心配、きみがすることないよ。誰に教えるかは相当吟味してるからね。笑
きみなら大丈夫と思ったんだ。
それに…
もっと会って話したかったから]

[えっ?]

[それこそ迷惑?]

[わたしの話なんか、聞いても面白くなんかありませんよ?]

[あぁ、そういう意味じゃなくて…
きみのことがもっと知りたくて。]



ここから、返事が途切れた。



[ごめん、付き合ってる人とかいたのかな?]



しばらく待って。
それこそ、風呂場に携帯持ち込むだなんて初めてのことをして。
着信音が鳴った時、飛び上がりそうだったのを覚えてる。


[こんなことを言ったら、失礼かもしれないんですけど…。
わたし、からかわれてますか?]


何度も画面を読んだ。



絵文字のない、シンプルな文体。
なのに…
可愛くて仕方ない。




[あのさ…会える日、あるかな?
会って話したい。
おれは、からかってなんかいません。]



その日は眠れなかった。
遠足の、前日のように。

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