『で…この卵を少しずつ…』

『混ぜてればいい？』

『うん。そうそう。やっぱり器用ね…』

『へぇー、こうやって作るんだ』



初めての…共同作業…ってやつで。


おれはすっかり舞い上がって、
きみの後ろに回り込んでﾊﾞｯｸﾊｸﾞ。



『はい、次は形作りです！』

『たのしー♪ね、これ何に見える？』

『ん、？　もう…ばか！』

焼いている間に、ｱｲｼﾝｸﾞっていう砂糖を溶かしたものに色を付けて
飾り付けのしたく。


『でもさ、突然どしたの？』
おれはちょっと気になったことをくちにした。

『ん…　あのね、まぁくんと…一緒になにかしたかったの。１度だけでいいから』

『あ…もしかして、ﾃﾞｰﾄとか行けてないから？』

『そうね。』

『じゃ、今度さ、どっか行こ？おれ変装しちゃう。わりと自信あるんだ！』

『今度は…ないかも』

『へ？』

『わたし、ﾊﾟﾘに行くことにした』

『へ？ﾊﾟﾘって…ﾌﾗﾝｽ？』

『ずっと憧れだったお店のｽﾀｯﾌに空きが出て。募集したら、来てくれって。』

『いつ？いつなの？』

『来週…』

『来週？？って、すぐじゃん！！どうして…』

『ごめんね。まぁくんに言ったら…気持ちが揺らいじゃうかもって』

『やだよ。会えなくなっちゃう…』

『あ…　焼けたかな…』

『話、そらさないで！』

部屋には香ばしい匂いが漂って。
使ったことないｵｰﾌﾞﾝだから、加減がわからないって
きみは話が確信に迫るとｵｰﾌﾞﾝの前に逃げた。


焼けたｸｯｷｰを冷ます。



『なぁ…』


『飾り付け、しよ？』
その声は、涙ぐんでた。



『やだ』

『お願い。最後だから』

『最後とか言うなよ…』

『もう決めちゃったから。』

『なんで一人で決めんだよ…　おれ、そんな信用ないわけ？』

『違うよ？あのね…まぁくんがお仕事頑張ってる姿を近くで見たから…わたしも頑張らなきゃって…思ったの』

『おれのそばにいるって、選択肢は？』

『あったよ。一番に。』

『じゃ、なんで…　』

『夢は、見てるだけじゃ叶えられないでしょ？　ここで過ごす時間、すごく楽しかった。夢みたいだったよ？何万人の前できらきらしてる人が、わたしの腕のなかにいるんだ…って。不思議で。だけど…じゃぁ、わたしは？って。ここでただまぁくんを待ち続けて…それでいいの？って。』

『それだけじゃ、だめだったの？』

『好きだって言われた時…嬉しかった。同時に、わたしでいいの？って。なんでこんな平凡なわたしなんか、って戸惑ってた。』

『きみがお菓子の話してる時、すごく可愛かったんだ。一生懸命で。』

『ね？それ。』

『それが？』

『きらきらした世界にいるまぁくんに、わたしが飽きられたら…？って。怖くなったの。』

『飽きるわけないだろ！こんなに好きなのに！』

『もっともっと、好きになってほしい…　わがままかな』

『わがままじゃないよ…おれ、もっと好きになる。もっと頑張る。だから…』

『夢を叶えたくなったの。わたしの夢。だから…お別れ。ね？　最初で最後の…共同作業しよ？』

きみがひとつめに作ったのは、
白いｱｲｼﾝｸﾞに、銀色の粒。


『これ…羽根…？』

『うん。まぁくんが、もっともっと羽ばたけますように。っていう。』

きみの手のひらに、ちょこんと乗った羽根のかたち。


『きみが側にいなきゃ、羽ばたけない…』


『そんなことない。まぁくんなら、なんでもできるよ』




▤▤▤▤▤


『お疲れさまでした～』


『あ、あの…握手してもらっても…いいですか？』

『もちろん！今日はありがとうございました。』

『うれしい～！』

『あの…このｸｯｷｰ、もらっちゃっていいですか？』

『どーぞどーぞ！全部持っていって！』




きみと作ったあのｸｯｷｰは。
さくさくで。甘くて。
忘れられない。

これは、あの時に作ったのと
とても良く似た香りがする。


ひとくち…


あ…


これって…


『相葉くんって、ｸｯｷｰ好きなの？』


『う、うん、好き』


『ここのお店さ、覚えてるかなぁ？だいぶ前に飲み会で紹介した娘、』

『え？』

『あの娘が働いてたとこなんだって～。ほんとは違う店でﾛｹだったんだけど、ﾎﾞﾂっちゃって。急遽、あの娘に連絡してみたんだ。そしたらさぁ』

『そしたら？』

『あの娘ﾊﾟﾘで、ばりばりの売れっ子ﾊﾟﾃｨｼｴになってるんだって！びっくりだよ！あっちでもちょっとした有名人になってるみたい』


『へ、へぇー』(棒読み)

『あ、やっぱり忘れてる？か。』

▤▤▤▤▤

忘れるわけないよ。
甘い香りを纏って
おれの心のおくに、ずっときみがいるんだ。

泣くのを必死でこらえたんだ。


この味…
忘れるもんか。
最初で最後の…

いや。
最後じゃない。
おれ、いつかまた会える気がする。
勝手な勘だけど。
もしまた出会えたら…

ｸｯｷｰ作ろうぜ！羽根のかたちのやつ！って。
きみをお持ち帰りするんだ。

END☆

※ちなみに、『この手のひらに』という曲は
『青空の下、キミのとなり』の通常盤に入っています。
名曲です。

※次は翔さんの予定です。