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ノートへの愛を語らせて

唐突だが、私はノートがすきだ。文房具の。
文房具全般すきだが、ノートは断トツである。

特に用事がなくても、街を歩けば文房具屋か本屋のノート売り場にふらふらと吸い寄せられてしまう。
紙の手触り、色、罫線の色・形状、表紙のやはらかさ、全体の色合いなど、それぞれのノートに特徴があるが、私の好みど真ん中は「クリーム色の紙、5mmマス or 7mm罫 or 無地、線の色薄め」だ。(サイズはA5前後が多い)

友人に限定版ノートをプレゼントしたことも、贈る相手のためにオーダーメイドしてもらったこともある。最後のページに、相手へのメッセージやイラストを描くのだ。(ちゃんと使われているかは定かでない)

逆に、私がもらって嬉しかったノートはどうか。
いちばんグッときたのは、6年ほど前にもらったlittlemoreの糸綴じノートだ。母からもらったものである(さすが、好みが分かってる)。
綴じ糸は鮮やかな赤色、罫線は薄い赤色で、ページは長持ちしそうなやさしい手ざわり。紙は黄色みがかっていて、表紙が少し固く作られている。しかもその表紙は、中のページと同じ罫線デザイン。つまり、シンプルでめちゃくちゃにお洒落なのだ。
ちゃんとしたときに使おうと思って、いまだに真っ白のまま。使い初めには覚悟が要るのだ。

母の実家は文房具店を営んでいたらしいし、ノート好きはもしかしたらDNAに刷り込まれているのかもしれない。

ここで、ノートにまつわるエピソードを2つ。
小学1年生くらいの頃、母の事務所のコピー用紙をつかって何十枚も糊で貼り合わせたノートをプレゼントしたことがある。曲げるとベコベコ音のするものだ。バラバラな紙たちが綴られてひとつの「物語」のようになることが、その頃から魅力的だったのだろう。
母はしげしげと観察し褒めてくれた一方、「コピー用紙って高いんだよ!次回からは糊じゃなくてホチキスがいい」と言ってきた。その後は留め方をホチキスに変えたため、紙の使用量は無事半減した。

また中学の時、英語の和訳問題で"notebook"を「帳面」と訳していた時期がある。あの頃、和訳をどこまですればよいのか分からず、外来語禁止の戦時中のような解答をしていた。「帳面」は一応マルをもらえたが、解答欄の横に赤ペンで「ノート」と書かれていたっけ。
遡れば小学校の先生がノートを「帳面」という人だったから、現代でも一般用語だと思っていた節がある。


もともと記録マニアで、様々な事象に対する「記録ノート」はこれまで30冊を超える。だが、ノート自体がすきであるため、すでに飽和しているのに新たなノートを買ってしまうことも多い。

早く使いたい気持ちに、記録のスピードが追い付かない。

嗚呼、どんどん書きたい。
そしてどんどん創りたい。

わたしの欲求。


レターセットについても、以下同文。