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人々が社会を変えていけるような社会をつくるということ

武蔵野美術大学大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダーシップコース「クリエイティブリーダーシップ特論」の講義に関するレポートです。

2021.04.26 第3回 RENEW/森 一貴さん

東京大学卒業後、大手コンサルティングファームを経て鯖江市にて「ゆるい移住」を試みた後、福井にてニートからスタート。様々な、誰かと誰かがつながる場所や子供向けのプロジェクトベースドラーニングを実践する塾などを主催され、現在は留学に向けてニートという森さんにお話しを伺った。

なお、何回もニートニートと書いたが、ネガティブな意味ではない。
一般的には「ニート」というと「ダラダラしているだけ」といったネガティブな意味で取られることが多いと思う。
しかし、本講義を受け、noteの記事「『ただいる』ことの価値について」を拝見し、森さんにとってのニートという存在は大事な価値を持つものだ、と理解した。その上で敬意を込めてニートという文字を連打している。

「社会に自由と寛容をつくる」というビジョン

森さんが講義の最初に語ってくれたことは、森さんの「一番の夢」だ。
それは「みんなが幸せに暮らせる社会」だという。
これだとふんわりとしているので具体にどう落としていくかを考えると「社会に自由と寛容がある状態」を指すのだという。
「寛容」は何となくイメージが沸く。雑踏をゆっくり歩けることだとか、電車内で泣き止まない子供を抱えていても睨まれることのない状態、つまるところおそらく人々の心にちょっとした余裕がある状態、というイメージだ。
では「自由」とは何か。自由も行き過ぎると様々な衝突が生じる(例えば、憲法の授業でよく取り上げられた「表現の自由」だとか)ので、やりたい放題やる人によって不快な影響を受けてばかりな人も出てくるわけで、さすがの仏も激怒して寛容も何もなくなってしまうのではないか。
ここで森さんは「自由」を「できるという確信」(なんかやろうと思ったときにそれができること)と定義する。
森さんは、「自由」を社会に実装するために必要だと考えられる「選択肢を増やす」「変化のための小さな階段をつくる」といった活動を行ってきた。近年では、自分一人だけではできる範囲に限界があると考え、最近はそれを可能にする文化やシステムを作ること、そういうことをやる組織や人を応援すること、といった活動をされている。

森さんの活動は以下の①、②、③と移り変わってきており、番号の大きさとともに少しずつメタな活動になっていく。この軸でまとめていきたい
①個人が変わるきっかけをつくる
②個人が何かを変える力を持つことを後押しする
③ある組織が個人が何か変える能力を持つことを後押しすることを後押しする

①個人が変わるきっかけをつくる

この活動の1つとして私が面白いと感じたのは「生き方見本市HOKURIKU」だ。福井にいる「なんかやりたそうだけど何もしていない」人を巻き込んで企画し、「自分もなんかできるかも」の感覚を醸成していった、という。また、これをきっかけで転職したり、新しいことを始めるメンバーが出てきたとのことで、小さな自由を得ることは個人を変えるきっかけとなることだと思った。
こちらのイベント、いわゆる都会のキャリアの王道サラリーマンではない人を集めたトークイベントかと思い、事後に森さんのnoteを拝見したら全然違った。キャリアだけでなく、家族や性についても含まれた「生き方」だった。
(生きると言ったらそちらも大事なのに、思わず頭から抜けていた・・・)
「2.本当にいた!アプリで結婚相手を見つけた若者!」が個人的に目を引いた。何故ならば私も自分が一体何を求めているのかわからなくなり、数年前にマッチングアプリで色々と実験をしていたからだ。(色んな人と会ったり、段々とゲームのように見えてくる中で、1000を遥かに超える数の「いいね」というものをいただけるようになったタイミングで人との関係って何なんだろう、付き合うって何だろうとさらにもやついたので辞めた。反省はしている。)
東京ではマッチングアプリで付き合った、結婚したという話をかなり聞くようになったし、そのような場合も変な目でも見られなくなったが、人間関係の狭い地方でマッチングアプリがどのように作用して人を結び付けていくのか。また、イベント会場ではなく、日常ひいては人々の人生の節目節目でかかわることになるであろうお寺を会場とされていたことも興味を引いた。

②個人が何かを変える力を持つことを後押しする

森さんはこの活動を「Designing Design」と呼ばれる。
例えば、1年間に3日間だけ工房を開放する「RENEW」がこの活動にあたる。
鯖江市といえば眼鏡みたいなイメージがあった(眼鏡にこだわる知人がOnimeganeを教えてくれたからだろう)が、それだけでなく漆器、和紙、箪笥、焼き物、打刃物、繊維等の複数の工房が集まる珍しい地域ということが分かった。とはいえ、業務用のものが多い。(業務用漆器の8割が鯖江で作られているとのこと!)
つまり、職人さんはエンドユーザーに出会うことがほぼない。
伝統産業の売り上げ減をどうにかせねば、という危機感から始まったこのRENEWだが、結果として、職人さんたちの「意外とイケてるかも」「もっとできることがあるのでは」という気持ちを生むことにつながっている。

もう1つ取り組みとして印象に残ったのが「ハルキャンパス」だった。
ハルキャンパスは子供がやりたいということやり、その中で学ぶプロジェクトベースドラーニングの場だ。
「Youtuberやりたい!」という発案をプロジェクト化したところに痺れた。子供の「Youtuberやりたい!」を真っ向から受け止める大人はそう多くないと感じる。が、その声をしっかり拾って、企画、アポ取り、撮影、アップロードまで実際に行うということが凄いことに思えた。
また、勝手にやってね、と野放しにするのではなく、アポ先に森さんが根回しを行うなど子供が転んで大怪我をしないためのセーフティーネットをしっかり張りながらも、子供主体において進めている点のバランスが絶妙だと思った。

③ある組織が個人が何か変える能力を持つことを後押しすることを後押しする

森さんはこの活動を「Designing Designing Design」と呼ばれる。
この活動としては、福井県の政策デザインプロジェクトを実施されていた。
行政職員が優秀なサービスデザイナーであることが理想ではないかと考えたゆえに、行政職員と一緒にOJT的にデザインをやる、というプロジェクトだ。
ここでは具体的に「ちょこっと就労」を増やすプロジェクトが行われた。
「ちょこっと就労」とは老人ホームの人手が必要な時間帯だけ、地域の高齢者が来てくれるような仕組みだ。ここにもっと多くの人に参加してもらうにはどううしたらよいか、ということを考えるプロジェクトだ。
行政職員が現場にいかない状況が普通だったから、とにかく現場に行くということをした、とのことだった。

現場に足を運ぶ人が増えると、世の中の色々なものはもう少し良くなるような気がしており、自分でもできるだけ現場に足を運ぶことを心掛けている。これが間違いではなかったような気がして、少し嬉しかった。

まとめ

森さんの活動のお話を通じて、徐々にメタな活動に軸足を移されているところが面白いと思った。個人で出来ることだけに拘らずに、その仕組みを整えていくことへシフトする、ちょっと合理的な柔軟さを心地よく感じた。
また、「目標達成に向けて爆走で進めるためにロジカルにやる、が、余白を残す」とおっしゃっていたのが印象に残った。
コンサルタントの端くれとしてもう少しロジカルを手名付けつつ、余白を生めるように私も頑張っていきたい。

余談だが「ニートが行政職員になって嬉しかった!」という話を聞いて、同居人が、好きじゃない仕事を辞めて、下積みを経て好きな仕事を本格的に始めた時に何となく嬉しかったことを思い出した。(私はぺちゃくちゃとおしゃべりしてご飯を作っていただけだけれど)
身近な人が変化しる瞬間ってやっぱり嬉しいものだ。

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