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やらなきゃわからない

夏休みが明けて間もなくのこと。

ホームルームの時間、10月に行われるクラス対抗体育祭にて、誰がどの競技に出るか?についての話し合い。
800m走、400m走、200m走、100m走、障害物競走などバリエーションが豊富である。そして最も盛り上がるのがスウェーデンリレー。ウチの学校では、100m、200m、300m、400mの走者を、クラスから1人ずつ合計4人選手を選ぶ形式。
オレはフックと同じ2年5組。
そしてフックはオレと同じ陸上部。



中1、陸上部入部当初・・・

入部したメンバーは12人。フックを筆頭に、そのほとんどが小学校の頃から運動経験者。野球、サッカー、陸上など様々。

一方、オレはかなりの運動音痴。走れない、泳げない、投げられないの三拍子。両親からは、文化系の部活ではなく運動系の部活に入れと言われていた。それに逆らうという思考も当時のオレには微塵もない。どうせ運動部に入るんだったら、この運動音痴をどうにかしたい、まだ走るのが一番マシ、使うことも多いかなという一部消極的な理由で陸上部に入部したのである。

練習の一環で、100mのタイムを計測。
フックは14秒ジャスト。中1でトップ。
オレは22秒・・・。中1で最下位。
「22秒?女子より遅いんじゃね?なんで陸上部入ったん?」と笑いのタネにされる。

フックは彫りが深い顔立ちのイケメンで背も高い。オレは背が低い。走ること以外のことも関係していたのかも知れない。それ以来、いじるいじられるの関係ができあがってしまった。
そしてフックは、大きい声で号令したりするのを恥ずかしがるタイプ。
本当は熱いヤツなのに、その熱いのを表に出すのを恥ずかしがるタイプ。
準備体操の号令やリーダーシップ的なことはすべてオレに任せっぱなし。



陸上部では仲がよいものの、クラス内ではあまり交流しない。
なぜなら、グループが違うから。
ちなみにフックは、ちょっと悪ぶっている奴らいわゆる不良のグループに属している。

リレー、正直なところ、出たい気持ちと出たくない気持ちが半々ずつだった。
フック、リレーの400m出るのかな・・・じゃあオレが300m出たらまだ勝てる見込みあるかな・・・なんて考えていたのだが、そんなとき、
「おい、まんちゃん、おまえリレーの400m出ろよアハハハー」っていうフックのセリフが飛び出し、それにつられて不良グループの数人も笑い出し、「じゃあ400mはまんちゃんでけってーい」って具合に半ば強制的に、面白半分で決められてしまった。今回も、フックの性格がそのまま出てしまった流れだった。

100m、200mも面白半分でメンバーが決められてしまう。300mはなかなか決まらなかった。この流れに煮え切らなかったのか、しぶしぶではあるが不良グループのアッキーが出てくれることになった。ちなみにアッキーはケンカっ早く小柄ながら負けず嫌いで足も速いが、腰を痛めているという状態。
というわけで、これでリレー選手が全て決まった。フックは、リレーに出場せず。

フック、本当にこれでいいのか?
他の不良メンバーの手前、400m出たいって恥ずかしくて言えなかったんじゃないか?
こんな遅いヤツにアンカー任せていいのか?
このクラス、絶対にリレー勝つ気ないやろ?

もともと団結力に欠けまくっているクラスだとは思っていた。
初めて2年5組のメンツを見たとき、アッキーとフックがいることは嬉しかったが、そのほかの不良メンバーが嫌すぎた。そしてアッキーとフックは不良メンバーのグループに行ってしまった、そういう状態。
まあオレも体育祭でめちゃくちゃ勝ちたいなんて思ってはいなかったが、この一件でリレーに対するやる気は一気にトーンダウン。
結局、オレは個人競技200mとスウェーデンリレー400mに出場することになった。



実は、去年、スウェーデンリレー100mに出た。

きっかけは、クラス内でも足は遅いと知られているものの、一応陸上部だからとかそういう単純なものだった。
やっぱりリレー、各組の精鋭部隊が出てくるだけある。とりあえず全力疾走で100m自体はあっという間に終わり、別にそんなに疲れもしなかったが、オレは案の定最下位。

実はスウェーデンリレーの前に200mにも出て、2位という自分の中の快挙があった。小学校のときは徒競走ビリばっかりだったにもかかわらず、である。
だからスウェーデンリレーに出る前は、オレ、リレーでも相当やれるんじゃね?って少し思った部分もあった。
でもそんな淡い期待は打ち砕かれた。
その後、ウチのクラスの経過や順位も見過ごすくらいへこんだ。

周りからは期待はされていなかっただろうが、やはりいざ最下位という結果を突きつけられたときはへこむものだなと。めちゃくちゃな屈辱。
こんな思い、二度と味わいたくない。
来年はリレーに出て活躍するか、それともリレーに出ないか・・・
そんな思いがせめぎ合っていた。
今年、リレー選手を決めるとき、それを思い出していたのである。



数日後、体育祭のプログラムが配られる。

2年は6組まである。各競技、誰と競走するかがすぐにわかる。
まずは200m。オレと一緒に走るのは・・・2組のキムは速いだろうけど、それ以外はおそらく勝てそうかな・・・

ちなみにキムは中1のとき、同じクラス。
勉強も運動もできる。プライドもかなり高め。
確か、体育の時間の100m走のタイムがクラスでトップだった。フックと同じくらい速い。でも、勉強優先のため、帰宅部だった。「おまえ陸上部なのに遅いなーオレ帰宅部やけど余裕やー」ってな具合でキムにもよくいじられていた。

まあこちとら、陸上部で1年半くらい鍛えている。陸上部の中ではあいかわらず落ちこぼれで、下手したら後輩にも敬語を使ってもらえないレベルである。でも、入部以来練習はほぼ休まず、一応ではあるが入部当初よりも成長しているという自負もある。
まあ当日、実際にぶつかってみたらわかるはず。
勝つか負けるかわからない、そんな勝負が楽しみになった。

で次に、スウェーデンリレーに目を移す。
400mのメンツが、

・陸上部のサンソン
フックと同様、陸上部ではかなり仲が良い。
小柄ながらも長距離が得意。学校内で速いとか陸上部内で速いとかそういう次元の低いものではない。入部早々、1人だけ競技会にて1500mで入賞していた。
若干我が強く絡みにくいときもあるが、部員の中で唯一実績はある。
なんやかんやでみんなが認める陸上部キャプテン。

・テニス部のイッシー
一度も話したことがない。長身なさわやか君。走りながら首の動きで髪の毛をふわっとかき上げるようなキザなヤツ。球技大会のキックベースのとき、ヤツの一言でオレのヒットが無効にされた。そのこともあって正直あまり好きではないし、あっちもオレのこと嫌いであろう。
ただ、周りの情報では、長距離が得意らしい。テニス部で一番速いとのこと。

・その他の陸上部3人
陸上部入部時に100mのタイムを計測した際、みんなオレより速かった。
ただ、それ以降は個々に競走するってことはなく、正直なところどうなってるかはわからない。ただ、みんなオレと同じ期間陸上部の練習をしているため、差は縮まってないと思われる。おそらくみんなオレより速いであろう。

とかなり豪華。
そもそも、体育祭で一番盛り上がるスウェーデンリレー。
前年同様、そしてずっとそうなるだろうが、メンツが豪華なのは当たり前である。
何度も言うが、オレは陸上部の中では落ちこぼれ。このメンツを見て、先ほどの200mを見たときの高揚感はどこかにとんでいってしまった。
ちなみに100m、200m、300mのメンツを見ても、ウチの5組は他のクラスに比べて明らかに見劣りしていた。
絶対最下位やん・・・しかもアンカー走るのオレ・・・めっちゃ恥ずかしい・・・またいじられるネタが増えてしまう・・・体育祭休んでやろうかと思ったくらいである。
「こりゃ5組絶対あかんな~」、「まんちゃんがアンカーとかネタやん~」
自クラス他クラスからそんな声もちらほら聞こえてきた。

いやいや、確かにオレ実力不足かもしれないけど・・・陸上部のメンバーならまだしも、リレーにも出ない奴らにネタ扱いされたくない。曲がりなりにもリレーに出るってことは勝てば天国負ければ地獄でかなりリスキーだし、その結果も全て自分で引き受けなければならない。同じ舞台に立ってない奴らにとやかく言われたくない。
でも意地だけではひっくり返せない現実がある。
なにくそ根性30%、諦め70%ってとこか。



体育祭当日・・・曇天。
とりあえず休まずに学校へ行く。

200mの招集が始まる。
それと同時に気付く。
キム、休みだ・・・
ホッとした・・・っていうより拍子抜け。

スタートラインに5人が並ぶ。
パァン・・・乾いたスタートのピストルが鳴る。
横一列の均衡が崩れた。
あれ、オレの横に誰もいない。
オレ、頭一つ二つ抜けている?
それと同時に悟ってしまった。
オレ、絶対1位だ・・・!

かなりの余裕。余裕過ぎて、走っている最中にもかかわらず口元が緩んでしまった。ダッシュというより7割くらいの流しでゴール。

案の定、1位。
1位。ハジメテ。ウレシイ。
でも何だ、この物足りなさは。
体育祭のプログラムの200mの欄を見たときのドキドキは?
陸上部入って以来の成長を実感したかったのに何だこの肩すかしは?
いや、1位、嬉しいけど、嬉しいんだけど、不戦勝のようですっきりしない。

天気は相変わらず曇り。
スウェーデンリレーのことを考えて憂鬱になる。
昼食、オカンが作った松茸弁当。なのだが、松茸の香り、全然しなかった。
それは純粋に香りが飛んでしまったからなのか、オレの弁当を味わうという意識が飛んでしまったからなのか。せっかくの松茸弁当なのに、ただ単に腹の中にかきこんだだけ。非常にもったいない。


スウェーデンリレーの1つ前のプログラムが2年3年女子のダンス。
男子ほぼ全員が釘付けになっていたが、オレはそんな気にはなれず。
緊張からか、不安からか、めちゃくちゃ吐きそうだった。

招集がかかり、集合場所へ行こうとしたとき。
他のクラスを見回せば、リレー選手たちに激励の言葉を浴びせている。
ウチのクラスと言えば、誰も見向きもしない。陸上部のフックも無反応。
そりゃ、面白半分で決めたメンバーだもんな。期待されてなくて当たり前か。やっぱこのクラスあかんわ。そう思いながらそんなメンバーに背を向け集合場所へ行った。


天気はあいかわらず曇天。
しかもちょっと暗い。
そんな中、リレーが始まる。

案の定であるが、開始直後からわが5組、最下位。
結局100m、200m最下位。
結局300mのアッキーも当日まで腰痛が治らず、かといって棄権する柄でもない。コルセットを巻いた状態で参戦。腰を押さえながらも奮闘し、順位を1つ上げて5位。
そこでアンカーのオレにバトンが渡る。
幸い、最下位の人は、見えない。
そして、5位にもかかわらず、前の人たち、誰も見えない。
灰色の空と、茶色のグラウンドと、グラウンドに引かれた白線しか見えない。

ウチの学校のグラウンドは1周200m。したがって2周しなければならない。前にも後ろにも人がいない。BGMは鳴っているも、めちゃくちゃ孤独感。

これ、ダメな気しかしない・・・

と思いつつ、足を止めるわけにもいかないので全力疾走。
ウチのクラスの前を走っても、笑われてる様子はあるも、声援なし。
無心で、走ることに専念。
1周したあたりで足が重くなりだした。スタミナも切れてきた。普段の練習だとこれくらいどうもないはずなのに。そしてあいかわらず前にも後ろにも人がいない。

残り100m。後ろに気配が。
陸上部キャプテン、サンソン。明らかに差を詰められてたやつだ。
陸上部顧問のトミーがグラウンド内に乱入してきた。
何やら声援を送ってくれているようだ・・・なんて言ってるんだろう・・・あの一瞬だったが、トミーの声がはっきりと聞こえた。

「抜かせ!!!!!!!!」

へっ・・・????

足はかろうじて鈍く回転しているが、思考は止まった。
オレも仮にも陸上部なのに・・・期待されていない、そもそもトミーにはキャプテンのサンソンしか見えていない。
サンソンは横に並び今にもオレを抜かそうとする。
うわ、ここで抜かされたら・・・めっちゃ恥ずかしいやん・・・絶対にいじられるやん・・・でもこれ絶対に抜かされるやつやん・・・まあどうせ期待されてないし・・・しかもさらに足重たくなってきたし・・・

と思いつつ、去年のような無様な姿をさらすのだけはご勘弁。
意地でも抜かされまいと、必死で横並びで走り続ける。

ラスト50mのコーナー。
足がめちゃくちゃ重い・・・鉛の足だ・・・もうグラウンドに沈みそう・・・
そんなときだ。ようやく前に2人が見えた。誰かはわからない。団子になっている。こいつらもめちゃくちゃ遅い。っていうより止まっているようにすら見える。もしかして、こいつらも相当疲れてる??
これ、もしかして、もしかするんじゃね???
変なスイッチが入った。
サンソンが団子の末尾についた。その隙にこの2人をアウトから抜かす。
3位へ急浮上。それと同時にコーナーを曲がりきる。
ゴールまでは直線のみ。

少し前にイッシー発見。
ゴールまでラスト10mくらい。
やはり遅い。足が止まっているようにすら見える。
こちらも走れてるのか、もはや足が動いているのかすら自分でもわからない。
限界だったが、追いつき、横並び。
目が合った。互いににらみつける。意地と意地とのぶつかり合い。
もうなりふり構ってはいられない。腕大振り、歯食いしばり、目開きまくり、変顔炸裂。
もう必死、必死、必死!!!!!!

最後、オレは前傾姿勢というか前のめりになる。
そして2人で同時にゴール。
「黄色!!」と叫ぶ体育の先生。
自分の右手を見る。オレのバトンは黄色。
大振りの腕の勢いでそのままガッツポーズ!!!!
何と、2位でゴール!!!!!!!!!
叫ぶ元気は・・・なかった・・・


ラスト50mあたりからの快進撃。

決して狙っていたわけではない。
正直、走り始めたときもそうだが、サンソンに抜かされそうだったとき、ほぼ勝負を投げていた。
しかし前に人が見え、しかも抜かせそうだとわかったとき、瞬間湯沸かし器のごとく闘志が沸いてきた。ひょんなきっかけで、メンタルの持ちよう一つで、人間ここまで大きく変わるんだと実感せずにはいられなかった。
この日の体育祭、さわやかな200mの1位より、なりふり構わないスウェーデンリレーの2位の方がグッときた。何というか、今を生きている実感があった。
実はこういう勝負が好きだったのか?
こんなに燃えるタイプだったのか?
オレ自身も知らなかったオレがいた。


ちなみに、体育祭当日、調子がよかったのか?と問われたら、いや、全然そんなことはなかったはず。
じゃあ周りが調子悪かったのか?そこのところはわからない。
陸上部では落ちこぼれだと思っていた。
実際にぶつかってみるまでは、自分に自信がない分、なおさら周りの他人が実際よりも強く見える。そんな心理が働き、自分を過小評価、他人を過大評価していたのかもしれない。ぶつかってみて、初めてわかる真実もある。

ここで唐突に、戦争というものの話になるが。
戦争に期待できることは確実な成果ではなく、確からしい成果にすぎない。
確実性に欠けているところは勇気や自信を自由に発現させることで補い、その上で偶然、不確かさ、僥倖にゆだねるほか手立てはない。なぜなら、戦争とは、彼我双方の相互作用だからである。

このことは、今回のスウェーデンリレーにも当てはまるのではないか?
たかがリレー、されどリレー。戦いであることにはかわりがない。
確からしい成果はウチのクラスの最下位。しかし結果的に、その下馬評をひっくり返して、結果的に2位。「勇気や自信を自由に発現させ」た結果なのかと言われたら、そんな高尚なものではない。ただ単にラスト50mで偶然スイッチが入っただけ。偶然サンソンが団子に捕まっただけ。偶然みんなが予想外に疲れていただけ。そして当日の相手の強さが思ったより強くなかっただけ。そして幸運なことに最後までオレの足が動いただけ。
周りの状況、オレの状況、そんな偶然の数々がたまたま作り出した結果であろう。

そして、今やってることが正しいかどうかがわからなくなるときがある。
はっきり言って、今、正しいかどうかはわからない。
それが正しかったかどうか、それは将来の結果をみればわかるのである。

陸上部に入って、落ちこぼれながらも練習は休まず、やれることをやっていた。どこでどう成果が出るかなんてわからない、でも不完全ながらもひたむきに努力する。
この体育祭の結果が、オレの今までの練習が正しかったことを裏付けてくれた。


正直、走った後のことはほぼ覚えていない。
純粋に満ち足りた気分だったことは覚えている。
フックがどんな反応だったか、その日の部活で何を話したかも覚えていない。
その日のホームルームで、担任の先生に「まんちゃんの活躍で5組は2位になれました!」とみんなの前で激賞され、拍手されたことは覚えている。

そして次の日、廊下で偶然会ったキムに、「オレが来てたら絶対オレがおまえに勝ってたわ」と言われたが、「そうかもな、また来年かかってこいや」って笑顔で返しといた。




そして1年後・・・

オレはサンソンと同じ3年4組になった。
スウェーデンリレー、クラスのみんなから推薦され出ることになった。めちゃくちゃ期待されている。去年の面白半分のノリは全くない。みんな勝ちたがっている。
サンソンは陸上部キャプテンなのもあり、長距離得意なのもあり、サンソンにアンカーの400mを譲る。オレは300mに出ることになった。
3年4組は優勝候補と言われている。1年前とは大違い。

スウェーデンリレーの他クラスのメンツを見ると、フックもキムもいた。
やっぱり出てきたか。
何だ、やっぱり出たかったんじゃん。
もしかして、去年のオレの活躍に触発されたかな?
にしてもかなり楽しそうなメンツだ。
でも1位は絶対に譲らんからな。
そんなことを考え、熱くなっているオレがいた。





#エッセイ部門

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