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03 福島県浪江町のソウルうどん

 そば派か、うどん派かと問われれば、ラーメン派! と答えたいところだが、二択なのでうどんを選ぶ。
 うどんというのは不思議な食べ物で、日本全国にありながら、その見た目もスタイルも食感もバラバラだ。
 北海道の倶知安には男爵芋を使った「豪雪うどん」がある。秋田にはお馴染みの「稲庭うどん」、青森にはお好みサイズの「麦かっけ」、栃木には「耳うどん」がある。山梨の「ほうとう」もある意味ではうどんの一種だろうし、愛知の「きしめん」もうどんの変種だ。富士吉田の「吉田うどん」や香川の「讃岐うどん」は麺の強いコシが売りだが、三重の「伊勢うどん」は正反対にブヨブヨの歯応えにこそ味がある。大阪は香川と並ぶうどん県だが特徴はあまりない。九州の福岡はバリカタのラーメンで知られるが、うどんはなぜかバリヤワ。

 日本各地を旅行するたびに、ぼくはご当地のラーメンを食べるようにしているが、これぞというラーメンがないときはうどんを食う。なかでも大阪のうどんがすきだ。「特徴はあまりない」なんて書いたけれども、むしろそこがいい。大阪はどこでうどんを食ってもハズレがない。
 これまでもっとも多くの回数を食べているのは、難波にある「なんばうどん」。かけうどんが240円という安さも魅力だが、なにより大将のキャラがいいのだ。いかにも浪花のおっちゃんという雰囲気でありながら、海外からのお客さんにはペラペラと英語でメニューの説明をしている。そして客が来るたび気さくに声をかけている。
 ぼくが大阪へ行くのは年に一度くらいの頻度だけど、行けば必ずここでうどんを食う。いつだったか、ガールフレンドを連れてうどんを食べに行ったときのこと。「ここのうどんが好きでねえ」なんて話しながら店に入って行ったら、大将が声をかけてくれた。
「いらっしゃい! ……あれ? 兄ちゃん、前にも来てくれたナァ」
 こういうの嬉しいよね。年に一回しか来てないのに覚えていてくれたんだ。彼女にもちょっといい顔ができた。場所が高級レストランじゃなくて安いうどん屋ななのはアレだけど。
 ところが、その翌年。またトークライブの仕事で大阪へ行き、なんばうどんに行った。すると、このとき大将はぼくに対して何も声をかけてこない。まあ、そんなときもあるかと、気にせずうどんを啜る。
 と、そこへ歳の頃は30前後に見える兄ちゃんが、彼女連れでやって来た。券売機で天ぷらうどんを買ってカウンターへ差し出す。すると、大将は言った。
「兄ちゃんまた来てくれたんや、ありがとさんね」
 横でそれを聞いているぼくは、いいぞいいぞ、この店はそうこなくっちゃ、と思う。
 でも、このあと兄ちゃんが返した言葉に、ぼくはうどんを吹き出した。
「おっちゃん、オレこの店に来んの初めてやで。テキトウやなー(笑)」
 そういうことなのだ。大将は誰が来てもそんなことを言っている。でも、それでお客さんが束の間に幸せな気分を味わえるなら、何も問題ない。それが大阪なのだ。

 この店ではもうひとつエピソードがある。やはり何度目かの来阪のとき。朝、ホテルをチェックアウトして、なんばうどんで朝ごはん(うどん)を食べていた。
 そこにひとりの男性が入ってきた。券売機の前で何を食べるか逡巡している。その横顔にぼくは見覚えがあった。ピエロのメイクこそしていないが、ロックバンド「ニューロティカ」のヴォーカリストATSUSHIこと、あっちゃんにそっくりなのだ。似てるなあ、でも、こんなところにあっちゃんいるかなあ……と思いながら着ているTシャツの胸元に視線をやったら「DORINKIN' BOYS」って書いてあった。あっちゃん確定。
 それで、面識はないんだけど勇気を出して声をかけてみた。
「あっちゃんですよね? 今日はこっちで仕事ですか?」
「うん、今夜はAKASOでライブなんだよ」
 AKASOというのは当時梅田にあったライブハウスだ。現在は「うめだ TRAD」に改名している。ニューロティカは日本一のライブバンドでもあるから、大阪に来ていてもなんの不思議もない。ぼくは「そうですか、頑張ってください! 今夜のライブを見に行きたいところですが、あいにくぼくも今夜はロフトプラスワン WESTでトークライブなんです」と言って、その場を離れた。
 あっちゃんは「そうなんだ、店長によろしくね」と言ってくれたが……、よく考えたらぼくは自分が何者なのかを名乗っていなかったから、別れたあとにあっちゃん「ところでアイツ誰?」って首を捻っただろうなー。

 どれほど大阪のうどんを好きだと言っても、そこで生まれたわけじゃないし、暮らしていたこともないのだから、それを自分のソウルフードと呼ぶわけにはいかない。
 ぼくが自分の人生を振り返って、何度も食べてきた思い出のうどん──ソウルフードと言えるのは、両親の田舎がある福島で、年末年始の帰省や法事のたびに食べさせられた煮込みうどんだろう。
 つゆは、和食によくある甘辛の醤油味。鰹だし、醤油、みりん、酒を合わせて作る。砂糖も少しは入ってたかな。具はジャガイモと玉ねぎと豚バラ肉。ここに油揚げが入るときもあるし、玉子とじにする場合もある。そんなに厳密にはレシピが決まってない。
 重要なのはうどんで、これは乾麺を使う。やや平べったい中細面で、秋田の稲庭うどんがいちばん近い。いま我が家で作るときも、スーパーで稲庭うどんを買ってくる。これを茹でておいて、食べるときには再加熱したつゆの鍋の中に自分が食べるだけのうどんを入れて少し煮込んでからどんぶりに移す。
 これがうまいんだなー。食べたことない人にとっては、ただの田舎臭いうどんだと思うけど、ソウルフードというのはそういうもんだからね。
 より正確には、このうどんは福島(全体)の味ではなくて、母の実家があった浪江町の、さらに住まいのあった沢上(さわがみ)地区ならではの味らしい。つまり料理名としては「沢上うどん」となる。
 とくに作るのが難しいような料理ではないが、つゆの正しい配合をぼくは知らないので、あの田舎の味を再現できるかどうかは自信がない。母があの世へ行ってしまう前に、ちゃんと沢上うどんの作り方を教わっておかなければ。

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