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24 納豆バーブド・ワイヤー・ラブ

 かつての我が家は、家族4人とも(父、母、姉、ぼく)納豆が大好きで、週のうち半分以上の朝食には納豆が用意されていた。元日とろろ同様に、納豆を作るのも親父の仕事だった。作るといっても、大豆から発酵させるわけでは、もちろんない。

 ぼくが子供だった昭和40年台は、毎朝のように豆腐屋さんが自転車で売りに来ていた。味噌汁の具にする豆腐や油揚げと一緒に納豆も買う。それが朝の主婦のルーチンだった。
 そんな母に寝坊助の息子が起こされると、すでに起きている父が納豆の藁包みをばりばりと破り、専用の茶碗に納豆の中身をあけている。いまスーパーで売られている発泡スチロールパックの納豆のように、タレや辛子は付いていなかったように思う。
 味付けは味の素と醤油だけ。家庭によってはわざわざ辛子を用意している家もあったかもしれないし、味の素を使わなかった家もあっただろう。我が家は味の素が大好きで、きゅうり漬けにも振りかけていたし、味噌汁にも入れる。もちろん納豆にもサッサッサ。

 藁包みの納豆ひとつでは、家族4人には足りない。なので常に2つあける。そこへ刻んだネギを足し、おもむろに箸でかき混ぜていく。思えば、ぼくの記憶にある親父は、いつも何かを撹拌していた。
 ひと通りかき混ぜていい粘りが出てきたら、味の素を振って、さらに醤油をかけてふたたびかき混ぜれば出来上がりだ。そして親父の定番のセリフ。
「早く食わねと無くなっとー!」
 家族は誰ひとりとして笑わないのに、飽きもせず毎回言う。そういう親父だった。

 いつしかぼくも自分で納豆を作るようになった。自炊をするようになってみると、納豆のありがたみがより一層わかる。だって、他におかずがいらない。少なくとも朝食は納豆さえあれば、あとは味噌汁だけでいい。塩鮭なんか付けられたら、その日一日、贅沢な気分で過ごせる。
 幸い、結婚した女房も納豆が大好きな人だった。新婚時代、よくふたりで納豆を分け合って食べた。納豆には血液をサラサラにする効果があると言われ、健康食でもある。
 ところが、娘を身籠ったとき女房には肺の持病があることが発覚した。先天的に肺の毛細血管が人より細く、血流の悪さが心臓に余計な負担をかけていたのだ。
 それを改善するために、血液をサラサラにする効果があるワーファリンを常用することになった。と同時に、効果がバッティングする納豆の禁止令が医者から下された。大好きな納豆は、もう二度と食べられない。それを知ったときの女房の落ち込みようは、いま思い出しても気の毒でならない。

 自分は食べられなくとも、離乳食後期の娘にはよく食べさせた。理由は当然、用意するのが楽だからだ。娘も嫌がることなく、よく食べてくれた。
 食べられない女房には申し訳ないが、自分と娘用にぼくはしょっちゅう納豆をかき混ぜた。
 納豆は最初に箸でかき混ぜても、塊になったまま回転してしまい、ネギも混ざっていかない。力任せに慌てて回すとネギが茶碗から飛び出してしまう。加減しながらゆっくり回すうち次第に納豆の塊がほぐれ、ネギもいい具合いに混ざり、やがて糸引き納豆になっていく、その瞬間が好きだ。
 娘にも食わせることを考えて、醤油は少なめに。あんまり幼いうちから化学調味料に慣れさせるのもどうかなと思って、当時はほとんど味の素を使わなかった。
 いま、娘は絶対に納豆を食べない。小さい頃に食べさせ過ぎたのか、納豆嫌いになってしまったのだ。あまり好き嫌いをする子ではないが、納豆の他にとろろ芋と里芋とオクラが嫌いらしいので、ネバネバしたものが苦手なのだろう。

 オクラといえば、ぼくは納豆の薬味としてもよく使う。粘りに粘りをプラスする。しらすや刻んだタクアンを混ぜても美味い。水道橋博士がよくやっているキムチ納豆は作ったことないが、きっと美味いに違いない。納豆の懐は広い。たいていのものを優しく包み込んでくれる。苦手な人には忌まわしいあのネバネバ糸も、好きな人にはたまらない。Barbed Wire Love!

https://www.youtube.com/watch?v=O_gxpmazYUA

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