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月と六文銭・第十九章(12)

 鄭衛桑間ていえいそうかん:鄭と衛は春秋時代の王朝の名。両国の音楽は淫らなものであったため、国が滅んだとされている。桑間は衛の濮水ぼくすいのほとりの地名のこと。いん紂王ちゅうおうの作った淫靡な音楽のことも指す。

 武田は播本優香はりもと・ゆうかとの楽しいひと時の直後に銀座のホステス・喜美香きみかから突然の来訪を受けた。
 大阪に行く前に武田と会っておきたかった感じだったが、武田は喜美香に細かいことを聞くのは控えていた。
 激しく交わった後、喜美香がベッドで寝始めたので、武田は次の狙撃を頭の中で組み立てていた。

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 見上げるとガウン姿の喜美香が自分を見下ろしていた。

「一緒におやすみにならないのですか?」
「先に寝ていて。
 ほら、鼾が大きいから、喜美香が寝られないといけないと思って」
「大丈夫ですよ。
 私、関西人の割にはずぶとくて、震度3でも寝ていられますから」
「地震と鼾は違うよ」
「いつもは一緒に寝てくださるのに、今夜はどうしたんですか?
 先の女性への遠慮はしなくてもいいと思いますよ、上書きしちゃったし、もう。
 ふふ」

 武田は喜美香に連れられてベッドに入り、後ろから抱き締める形になった。ダブルスプーンズ=スプーンを二つ並べた感じ、で寝た。武田の手は喜美香の胸を軽く包むように添えられていた。 

「いいのよ、掴んでいても」
「ははは。
 またしたくなっちゃうから遠慮しているんだけど」
「私はもう十分です。
 武田さんがしたくなっても、ごめんなさい、多分、今夜はもう濡れないわ。
 でも、手で包んでいるのは構いませんよ」
「そうか」

 そう言って武田は後ろから喜美香の豊かな胸を手で包み、耳にキスをして目を閉じた。
 喜美香は耳にキスをされて、一瞬ゾクッとしたが、自分の胸を包む武田の手に自分の手を添えて目を閉じた。

<これくらいの男、お父様の知り合いにはいないのかしら?そもそも、アタシがじゃじゃ馬なのがいけないのは分かっているけど、やっぱりあの人との結婚は無理。またお父様を怒らせてしまうことになりそうだわ>

「お休みなさい」

 喜美香は横を向いて、既に寝ている武田にキスをした。

 夢と言うのは、数時間も見ているようで、実際には数秒だったりするものらしいと何かの本で読んだ武田だったが、豊かな喜美香の胸の感触が夢の中にまで浸透していたのか、同じような体型の上田陶子うえだ・とうこのことを夢の中で思い出していた。

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 上田陶子はAGI投資投信顧問が尾張自動車の金融子会社・愛知金融の資産運用子会社「愛知アセットマネジメント(AAM)」を吸収合併した時にAAMから移ってきた社員だった。
 上田はAAMでは輸送機械(主に自動車)分野の部品メーカーを主としたファンドをマネージしていて、合併後も同じポジションにいた。

 上田は当時35才、愛知県生まれ、名古屋大学卒。離婚後3年目のバツイチで現在シングルマザーとして娘一人(沙良さら)を育てていた。
 武田に興味があり、武田が数学パズルが好きと聞いて、暗号メッセージを送ってきて、やり取りを楽しんでいた。上田は比較的短時間で正解を返してくる武田にますます興味を持ち、個別に会ってみたいと思っていた。
 モデルのような背丈と体型に色白の肌、日本人にしては珍しい緑がかった茶色い瞳を持っているというのが上田の特徴だった。白い肌を焼かないよう、日傘とロングの手袋、ジャケットは夏でも必需品で、駅からオフィスの通勤路ではそれだけで十分目立つ存在だった。

 上田は正式に離婚して、現在は独身のため、誰に興味を持って、誰と交際しようと問題はない状態だった。今はもっぱら武田に興味を持ち、彼を恋愛の対象と考えているようだった。

 武田も自分宛に挑戦的なメールを送ってくる上田がどんな女性か興味を持った。

 今回、上田が送ってきたメールの返信に武田は、電話番号が3つ並んだメールを送り返した。

 上田は3つの電話番号を見て、どれも武田の個人携帯の番号とは思えなかった。いや、どれも普通の電話番号ではないだろうとも思った。そんな簡単に個人的に連絡を取るような軽率な行動はしないと思っていたからだ。
 そして、よく見ると、いろいろと想像が働く組み合わせだと気が付いた。

<さては日付、時間、場所ね!>

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 上田は勘が良く働く方で、チャレンジを受けて立つ性格でもあった。

 03-0804-1030
 03-4502-7926 ex688
 03-6544-2136 ex9004

<ふ~ん、数学の天才からの挑戦状ってことね>

 上田の元夫は、元々武田の取引相手だった。夫からは武田が「暗算で金利を計算して取引をまとめる」と聞かされていた。

 運命の悪戯か、上田は夫とは別れたが、勤めている会社は武田の勤めるAGI投資に買収され、今は同じフロアで仕事をしていた。

 上田は中京地方の陶器メーカーに勤める父母の下、ずっと中京地方で育ち、大学卒業後、地元の中規模金融機関に勤めた。中京の大手自動車メーカーのローン部門が独立した金融会社だったが、2年半前に武田のいるAGIに買収された。
 やめるなら3年分の年収相当額を退職金として払われると言われたが、ギクシャクしていた夫と別れ、東京で娘と二人で生活することを決意して離婚し、転居した。娘との生活は楽しいが、物価は高いし、知り合いはいないしで、東京での暮らしは正直なところ、楽ではなかった。

 上田は3つの10桁の数字を表計算ソフトに入力して、少し眺めた。電話番号の03を取り敢えず、左のセルに入力した。残りの8桁を眺めた。2桁ずつに分け、それぞれを眺めて、何か法則がないか考えた。一番目の電話番号は、そのまま月日と時刻だと予想した。これは正しいだろうと思ったのは、日付が明後日の日曜日だったからだ。
 2つ目は場所のはずだが、どう出るか。北緯と東経?郵便番号?郵便番号と番地でもなんとか場所は分かりそうだが、武田がそんな曖昧な情報を送るとは思えなかった。
 2桁ずつ切って、掛け算をした。これで4組の2桁の数字ができた。日本だから北緯だし、東経135度前後だから頭の1が無くても大丈夫だろう。

 080-4502-7926→20026312→20.026312
 090-6544-2136→30160218→130.160218

 地図アプリに入力して検索したら、太平洋にピンが落ちた。最も近い陸地は台湾だった。

<釣りに行こうということはないよね?台湾に中華料理を食べに行くの?時間が足りないから、違うよね…>

 上田は2桁ずつは細かすぎるとして、大胆にも4桁ずつを掛けてみた。

 4502x7926=35682852
 6544x2135=13971440

 こちらの数字の方がそれらしいと感じたので、また地図アプリに入れてみた。新宿御苑だった。

<御苑で散歩?>

 上田はexで始まる内線番号を使わないといけないことは想像できたが、どんなふうに使うのか、分からなかった。基本的に内線番号は会社内に入ってから識別するために使うものよね?取り敢えず一つの番号として使ったらどうか、やってみよう。

 4502x7926.688=35685949.38
 6544x2135.9004=13977332.22

 東京都中央区日本橋室町1-4-1日本橋三越(ルイ・ニトン日本橋店)と出てきた。こちらの方が当たっている気がした。
 日曜日はハンドバッグをねだっちゃおうかな?と上田はほくそ笑んだ。

 上田は武田宛の返信に「LNのハンドバッグ買ってください」と書こうと思ったが、カエサル暗号の換字法でlouisnittonをmpvjtojuupoに換え、日付と時刻は変更せず、8月4日→0804、そして合流の時間もそのまま10時30分を1030とした。

 mpvjtwvjuupo
 03-0804-1030

 上田はこれだけを書いて、武田にメールした。
 折り返し、「:)」だけのメールが届いた。

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