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月と六文銭・第十八章(17)

 竜攘虎搏リュウジョウコハク:竜が払い(攘)、虎が殴る(搏)ということで、竜と虎が激しい戦いをすること。強大な力量を持ち、実力が伯仲する二人を示す文言として竜虎に喩えられ、力量が互角の者同士が激しい戦いを繰り広げることを竜攘虎搏と表現する。

 武田の恋人・三枝さえぐさのぞみにとって、記念日はかなり大切なものようで、少し前からどうしたい、何をしたいというイメージを明確に持っていて、武田に提案をしてきた。
 今日はのぞみが考えていたような記念日になるのかどうか…。

~竜攘虎搏~

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 今日は武田とのぞみが付き合って、3周年の日だったが、のぞみにとってはとても大事な記念日のようだ。ひと月前から「美味しいフレンチが食べたいな。今一番美味しいのはラ・カランらしいね」と名指しで希望を伝えてきていたのだ。普段は「フランス料理に行きたいな」と言って店の選択は武田任せだったのに、今回は希望をはっきり口にしてきた。

「のぞみさんはラ・カランに行きたいって言ってたよね?」
「うん、今一番人気というかレベルが高いって評判で私たちの3周年にそこに行きたいなぁって」
「とりあえず、予約取れたよ、ラ・カラン」
「え、すごい!
 いつもどうやって取っているの?
 女性陣はいつも予約取れなくて、困っているのに」
「多分、僕がのぞみさんのために予約を割り込ませているから、オフィスの女性は予約が取れないんじゃないかな」
「それ、前も言ってたけど、本当のこと?
 こういう話になると、大場おおば先輩なんて本当にひどいのよ!
 どうせパパ活女子とハゲ親父ばかりとか、金持ちが何かコネ使って席を独占しているんじゃないのとか、散々な言い様なのよ」
「それで、お店に行ったらのぞみさんと僕が食事していたら、会社のゴシップの的だね。
 僕がのぞみさんのためにコネを使って予約を取ったんだろうと批判するだろうな」
「あの人はすぐに何でも批判するタイプだけど、6か月先まで予約でいっぱいって、先日、私が電話で予約だけでもしてみようとしたら、言われたのよ。
 哲也さんにどこがいいかって聞かれた翌日のことよ。
 ホント、どうやって予約したの?」
「それは企業秘密です。
 他人に教えたら意味がありません」
「それはそうだけど、私にはそのコネを利用するとか、引き継ぐ権利とかはないの」
「のぞみさんがパパ活女子で僕のサポートが必要で、どうしてもこのコネが必要だったら考えるけど」

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「なんか、皆にお付き合いしていることを披露したら、私は金に目がくらんで付き合っていて、哲也さんは私のパパなのか、って話になりそうよね?」
「年齢が離れていると仕方がないとは思うけど、日本の場合、妬みがそうした批判の根拠というか根源だよね」
「私みたいな若い子の体を自由にしていて、レストランでも何でもコネがあって、いつもいいもの食べてる、って妬みね」
「そう、その妬み。
 本当にくだらない。
 誰がどうお金を使おうと汗水たらして労働して得たお金の使い道、誰かに批判される筋合いのものではないはずなのに、ね?
 ついでに言えば、別に君の体を好きなようにしていないよね?」
「その好きにしているってすごく嫌な響きで、気になるけど、何がどうダメなのかが分からないわ。
 私が誰とどう付き合おうと、一応成人しているから他人は関係ないと思うんだけど。
 両親からは『責任が持てる付き合いをしなさい』と言われているけど、本当にゴシップしている人たちって人の苦労も知らないで勝手なことを言うなぁと思っているよ。
 私は哲也さんがどんなに頑張っているか知っているし、私のために頑張って予約を取ってくれているのも知っているけど、他の人は違いを理解しているとは思えないわ」
「で、今回、ここ、ラ・カランにしたかったのは、どうしてかな?」
「ごめんなさい、私の見栄なの。
 怒らないでね」
「怒らないし、ここだったら別に見栄じゃなくて、普通だけど。
 ちゃんと予約して、ちゃんと約束の時間に来て、テーブルマナーだって悪くないし」
「うーん、哲也さんには見栄でもなく、普通かもしれないけど、私くらいの年齢の子にはラ・カランはなかなか来れないお店で、ランチならともかく、ディナーは今でも高嶺の花よ。
 何となく大場先輩に私には誕生日にラ・カランのディナーに連れて行ってくれるボーイフレンドがいるって臭わせたいの」
「臭わせたいのね。
 まるで芸能人みたいだね」
「一応、私も年頃の女性だもん。
 彼氏もいなくて、仕事に打ち込んでいて、資格試験勉強にほとんどの自由時間を取られている『もてない女子』から卒業したいの」

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「え、のぞみさんって『もてない女子』なの?」
「え、モテないよね、私。
 だって彼氏がいるって噂もなければ、同僚に言い寄られることもないし、逆にオジサンたちにセクハラすらも受けないし、なんか半端な立ち位置で」
「ふーん、そう言うのが持てない女子の定義なんだ」

 武田は左拳の上に顎を載せて考え込んだ。

「いやー、そこで考えこむってことは認めるってことじゃない?」
「いや、それが定義なら持てない女性だらけの我がオフィスは終わっているよね?」
「え?
 それ言い過ぎじゃない?」
「だって、服のセンスがいい女性は数えられるくらいしかいないし、実際には4人だけど。
 話の内容のレベルが低いし、全体的に勉強不足だし。
 うち、金融会社だし、投資会社だよね?
 基本的なことを勉強する研修を何度かやったけど、投資部門以外から参加した一般女性社員がゼロだったよ。
 意識低すぎ。
 そんなのはモテないに決まっているでしょ。
 バッグとか持ち物がいいからって素敵な女性にはならないからね」

 のぞみは半分納得、半分沸騰状態だった。
 武田も武田で基準が高すぎる面があるが、いつものように麻痺していた。

「私はどう?」
「少なくとも僕の話を聞いて沸騰している時点でまだ本質が分かっていないよね」
「どうして?」
「のぞみさんはそういう子達と一緒じゃないんだから、味方する必要もないのに、どうしてそこに自分を置きたがるのか、僕には分からない」
「え、私は普通のOLよ」
「いやいや、普通のOLって何ですか?
 いつも言っているでしょ。
 普通なんてないわけだし、どうして日本人は普通とか、平均に縛られちゃうのかな?
 自分は自分、他人は他人」

 のぞみはいろいろ考えているようだった。
 武田は続けた。

「今日は三枝のぞみの誕生日だよ。
 君は今日の主役で、僕のお姫様で、行きたいと言ったラ・カラン、一応日本で一番レベルの高いフレンチレストランで僕が個別にお願いした特別メニューを食べている。
 そんな普通のOLが日本に何人いますか?」
「え、うぅ、ひ、一人?」
「ゼロです」
「え?」
「そんな普通のOLはいません。
 せいぜいランチでサワリを知る程度でしょ?
 三枝のぞみは普通のOLじゃないし、特別メニューを食べている特別な女性です。
 このメニューは記念に持って帰るといいよ、なにせ、再現されることのない特別なもので、世界に一つしかないから」

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 のぞみはまたしても煙に巻かれた感じだった。いつも特別だよ、君は特別な存在なんだよ、と自尊心をくすぐられて、いい気分のまま喧嘩も終わっているし、食事も無事にデザートに突入しているのだ。

「そういえば、ラ・カランにこんな部屋あったのね」
「キラキラ女子の『フォトグラム』には載ってないの?」
「インフルエンサーの写真にあるかも」
「インフルエンザ?」
「真面目に言ってるの?」
「いや、インフルエンサーも安くなったもんだなと思って」
「時代のすう勢だし、いろんな人がいるじゃない?」
「インフルエンサーって海外セレブのうち、社会全体に影響を与えている場合をいうんじゃないの?」
「本来はそうだと思うけど」
「日本だと本当のインフルエンサーじゃなくて、自意識過剰な奴と混同されているよね」
「哲也さんはそうやって考えるんだ」
「日本はおかしなところがたくさんあって、それが通用するのは島国で国民が逃げ出せないから一方的な価値観を押し付けても受け入れるしかないでしょ?
 偏差値はその最たるもので、例えば米国の大学受験には偏差値はないんだよね」
「え、そうなの?」
「だから、ハーバードの学部の学生なんて日本の三流大学よりも教養がないよ。
 大学院は全然別世界だけど。
 例えば、CUNYキュニーの方がいまやレベルが高いんだよ、ハーバードより。
 そんなことを知っている日本人は皆無だし、逆に日本の誇る東京大学でさえ、国際ランキングで百位にも入らない理由を日本人は分からないんだよね」
「キュニー?」
「ニューヨーク大学と名の付く大学は3つあって、私立わたくしりつの通称NYUエヌ・ワイ・ユー、州立の通称SUNYスニーと市立のCUNYキュニー
 一応、公立大はCUNYとSUNYで年間の学費が百万円くらいかな、NYUは年間の学費が5百万円と高価。
 偏差値的にはどれも日本人は東大よりも低いと言うと思うけど、それでいて、日本人では入学も厳しいし、卒業も厳しい。
 同じ私立のコロンビアの方が入学も卒業も楽だったりする。
 それでも日本の大学の数倍は勉強しないといけないから日頃から大変だけど、出てからの職で得られる収入が数倍上なのも事実」

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