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小説(SS) 「おにぎり」@毎週ショートショートnote #ごはん杖

お題// ごはん杖
 

 その老爺は、おにぎりを食っていた。
 武士のなりをした男たち十人が、刀に手をかけて取り囲んでいるにもかかわらず、である。
 ふっかけたのは、男たちの方だった。道の真ん中で食うな、という一方的な言いがかりだった。
 しかし、みなが動けずにいた。斬りかかれないのである。老爺は杖をついたまま、悠々と食い続けているだけだ。だがその所作には、武の熟練を思わせるものがあった。

「貴様、この状況でおにぎりを食い続けるとは、我らを愚弄しているのか!」

 その刹那、老爺の眼差しが男の瞳の奥を突いた。男は、自らの発言を恥じた。まったくもって、愚弄されている。それほどまでに、力の差があるのだ。
 男たちは理解した。
 おにぎりを食っているところを見守るか死ぬか、それ以外に選択肢はない。逃げることは、武士の恥である。ゆえに、おにぎりを見守るか、斬りかかって死ぬかない。だが死にたくはない。だとするならば、やはり、おにぎりを見守るしかなかった。
 男たちは、大人しくおにぎりを見守ることにした。

 だが、老爺はおにぎりを食うのが遅かった。
 いつまでも食っているのを見かねて、男の一人が足をじりじりと進め、探りを入れ始めた。老爺は、動いているのか動いていないのかわからないほどの最低限の動きで距離を取りながら、しかしおにぎりを食っていた。
 男たちは改めて理解した。
 やはり、老爺がおにぎりを食い終わるのを待つしかないのである。
 いくばくかの時が過ぎ、ようやく老爺はおにぎりを食い終わった。男たちはその間、おにぎりを見ることしかできなかった。
 老爺が歩き出した。男たちはただただ道を空けてその後ろ姿を見送った。
 そして後になって気付いた。服に、ごはんがついている。触れようとして、上半身が滑り出す。
 男たちは、みなすでに斬られていた。
 

〈了〉740字



「ごはん杖」がお題のはずが、気づけば
おにぎりの話を書いていました。

なぜか「おにぎり」というワードを
必要以上にたくさん入れてみたくなり、
たくさん入れてみました。

はじめて時代モノ風のものを書きました。
といっても、武士と刀くらいですが……。

本日は文学フリマ東京にはじめて行ってきました。
あとで感想をまとめようと思います。
ではではまた〜

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