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おりづる舞ったよ 後編(怖い幻覚)

幻覚というもの

 幻覚は現実以上に実感を伴って感じられた。
 幻覚を見てもほとんどの場合、見た日にちや時刻を覚えていない。だからこそ幻覚なのだろうか。
 ニュースの報道で薬物中毒患者などが暴れて事件を起こしたりするのは、何らかの幻覚を見てのことではないだろうか。
 某中央病院の夜間受付室内で午前4時の明け方近く、突然私を襲った心筋梗塞。それによって引き起こされた脳の血流障害などによる意識異常・幻覚作用について感じたまま、出来るだけ現実に起きた出来事と分離させながら当時を再現できればと思います。
  
 幻覚自体があやふやな陽炎(かげろう)のようなものだから、どこまで当時のままに再現できるか分からない。
 幻覚による幻視や幻聴などから多くの事件・事故が引き起こされているようですが、私の幻覚体験も思い返してみれば少し間違えば何らかの「事」を起こしていたのかも知れない。
 およそ現実にはあり得ないことなのに、今も記憶の隅から離れないでいる「幻覚」について、読みにくいとは思いますが箇条書きのように綴ってみたいと思います。

深夜病棟の狂気

 夜になると私のいるこの3階病棟は何かと騒がしくて妙な患者が目立つようになる。どんな風なのかと言われて答えようがない。とにかく色々な患者が不思議な行動を起こしている。
 そして悪いことには、何故だか私の居る病室の位置から他の病室の様子が、ガラス窓の向こうを見るようにすっかり見えてしまう。 
 そして夜のこの時間帯になると看護婦を見掛けなくなる。代わりに循環器科の受け持ちの医師が一人で病棟全体を監視しているらしい。

どれもこれも見たくない光景ばかり

 一体どうした訳か、病室でセックスをしている70歳代の老いたカップル。
 私が「どうして衆人環視の前でこんなみっともないことが出来るのですか?」
   と半ば憤りの思いで問い掛けてみると、
 白髪の男性の方が、決して心地良さそうには見えない渋い表情で答えた。
「俺らはセックスを止めたら死んじまうから、生きていくには仕方がないから止められないからこうしてるんだ」と口走る。
「それは何故ですか?」という問いかけは半ば無用なことで、私自らが「幻覚」の中に浸りながらの非常識の圏内にあることを薄々認識しているがために。「同じ穴の狢(ムジナ)」というわけである。
 別の部屋の出来事を、そして老人の『性行為』の場面など見たくないのだが、自分の部屋と離れている筈なのに、深夜にガラスのように透けてしまう壁のせいで、絡み合っている老いたカップルを見たいのではなくて見えてしまう、という『異常圏内』にいるどうにもならない自分…。
 医師の居る目の前にもかかわらず、二人は励み続けていた。 
 そもそも注意するでもなく制止するでもなく、この医師は何の為にここで患者の監視を続けているのだ。

 訳の分からない言葉を大声で叫ぶ患者。
 どうした訳か、病室に腰までの高さに畳を積み上げて、その上に布団を敷いて寝る支度を始めている奴。そもそもこれだけの枚数の畳をどうやって病室に持ち込んだのだろう。
 よくよく思い返せば、時代劇の牢獄の中で石川五右衛門親分が畳の上であぐらをかき、キセルを吹かしている場面に似ている。
 全くなんて奴らだ。本当にイカレた患者ばかりじゃないか。しかもこんな夜中に、何をウロウロしているのだろう。
 早く寝ちまえよ!

 あっ、どうしたんだろう。今度は自分にも異変が起き始めた。
 病室にいるはずの私が突然TVドラマの画面がニュース報道に切り替わるように、いきなり20km以上も離れた実家のある部落の知り合いの家の居間のソファーに腰を降ろしている。何やら相談事があるらしく、話し込んでいる。知り合いとは言いながら、相談している相手にはほとんど面識がない。 
 話の中身とは、誰かに貯金をネコババされそうだけど、防ぐ手立てはないだろうか、といったことを相手は聞いている風でありながらもさして熱心でもなさそうで、結局は結論を得ることなく、いつの間にかその知り合いの居間からまた元の病院の肉体に意識が戻っていた。

 さらにまた、こんな夜中に病棟を抜け出して看護婦まで混じって、病院の玄関のところで線香花火をやってやがる。
 行儀よくバケツに水を汲んで火災に備えてはいるのだが…。(この線香花火をしていた場所は今も現実に存在する。旧館の正面玄関で、現在夜間は閉鎖されている。玄関への入り口付近は救急車やデイサービス車用に大きな屋根が張られていて、雨をしのぐにはもってこいの場所だ。花火を遊ぶのには都合が良い)
 この場所自体は実在するのだが、看護婦や入院患者が線香花火をしていた行為は幻覚だったのだ。

 どうやら幻覚の中にいる私は、この不真面目?な病院に嫌気がさしてきているらしい。が、自分自身はろくに歩く事すら出来ないから、付き添ってくれている自分の兄に頼み込み始めた。
「全くもう、ここは患者も看護婦も医者までもがみんな出鱈目な病院だ。こんな病院早く出てしまおうよ」
「兄さんってば、どうしてこんなボロッちい病室に移動させられなければならないの。ひどくキツイ臭いがする。まるで腐ったワラの肥しの臭いじゃないか。しかも明かりがとても暗い。綺麗な病院へ移ろうよ」
「兄さんは今夜何処に寝るの、布団がないじゃない。えっ、看護婦さんがローソンで貸し出してあるって言ってるの。それは良かったね。借りて布団かぶってゆっくり休もうね」
「別にどうでもいいことだけど、ここは3階なのに、非常口の外が坂道でドアを開けたらそのまま外へ歩いて出られるって、どういう事だろう。どうでもいいけど不思議な造りだね(この非常口の件は後のページに出てくる火事のシーンに何かしら繋がる意味があるのかも知れない)」
「どうでもいいけど、何だか愉快な気分だ。みんなで写真撮ろうよ。兄さん、看護婦さんたちも呼んできなよ。愉快だ、みんなで写真撮ろうよ」
 今度は妙にハイテンションになっているし、この時私は声を上げて笑った覚えがある。自身の制御を失い、気が触れてしまったように。
※この夜は特別に幻覚がひどくなり、病院から呼び出されて急遽兄が付き添う事になった。「」書きがすべて私なのは、確かにこの時の兄はほとんど話していなかった、私の言葉が異常に感じたせいなのかもしれない。兄に呼び掛けていて兄からの返事があるときもあったが、あまり私の方で聞き止めていなかったので、私の独り言のような部分だけが残された。

 看護婦や患者らを「出鱈目」とののしっていたが、本当の出鱈目は幻覚の中を彷徨っている私本人だった。全てが出鱈目、筋書きのない夢の中にいるのと一緒だった。
 11/02午前零時半頃の日付で携帯にベットの中にいる私の写真が50枚ばかり残っている。表情は笑っていなかった。ただ薄く目を開けた状態でカメラに顔を向けている。おそらくは兄にせがんで撮ってもらったのだろう。
 様々な場面の中に居るようでいて、実は自分はベットで動けない状態で幻覚に踊らされていたのだった。
 全てが出鱈目なが幻覚の中にいて、1ヵ所だけ現実と一致している部分がある。ローソンによる寝具の貸し出しの件。病院のサービスの一環らしい。
 

林檎とのメールが乱れ始めて

 現実と幻覚の交錯。本人にとっては悩ましい部分である。
 真夜中には滅茶苦茶な幻覚を見ていながらも、明けてその日の夜には林檎そきちんとしたメールが送られている。
11/02 パパ:林檎へ。パパは歩いているよ。仕事場が病院だから、倒れた麻酔科医者な助けてもらった。後で詳しく話すね。おやすむ林檎ー。
11/02 林檎:パパは優しいね。

 病院側の治療が功を奏してか、どんな治療によってかなのか悩ましい私が見る幻覚の回数は潮のように徐々に退行していった。しかし、毎日確実に改善していった訳ではなく、
「三歩前進して二歩下がる」
 といったように、収まりながらも時折幻覚の発作をぶり返していたようだった。
 はたして私はどれくらいの期間、日数にして何日くらい、現実と幻覚のハザマを彷徨っていたのだろうか。

暗号文のように難読なメールの解析


11/03 07:42:パパ おはよう。文化の日だよ。文化の日らしいいい天気だよ。        
11/03 07:54:林檎 おはよう きょうはあったかくていい天気です。お散歩してみたら。

11/03 08:22:パパ ありがとう。林檎。林檎のところも紅葉がきれいになったろうね。良い天気。晴れは今日だけみたい。紅葉(もみじ)にくるまれた。オモチ。林檎らしくていいかも。
11/03 08:51:林檎 こちらの紅葉はまだですよ。

11/03 09:31:パパ ふーん。青森は随分といろが付いたよ。今、過去作品が出てきた。呼んでみよう。さつき闇ブルースひとつくださいな 林檎にもブルース似合いそういつも思う。
11/03 16:12:林檎 ブルース似合うかな ブルース描いてみよね

11/03 16:18:パパ 待ってるヨーロッパ。
11/03 16:30:林檎 ヨーロッパ?
11/03 22:50:パパ 私はどれくらい生きたのだろう。刈り取られた陰毛を触りながら、思う。私の心臓が動き始めるまでの3分間私は動かない。麻酔科の女医さんが目覚めさせるまでの時間、彼岸の向こうでどんな人と逢っていたのだろう。みんな大概は面白い「あの世」行って面白い話をこしらえてくる。心筋梗塞。三本の血管が息を吹き返さないはずなのに。私は目覚めた時は303号室(ここは記憶違い。303号室は大部屋。入院当初、私は個室かICUだった)。白衣の天使、いや医師に声を掛けた。結論。今回の病気のために私は思わぬ金と時間を手に入れたらしい。 

11/04 16:29:ヨーロッパは合いの手だ。ブルースはネブラスカに限る。林檎よこころおきなく描いて下され。
11/04 20:45  今夜は月が綺麗だよ あてのない旅に出たんだね。歩き続けて夜が来た まだ向こうには行けないよ やり残したことがあるから ぱぱ、私を残して行かないでぱぱ、
11/05 10:56:パパ 第一回目の会計が明日。その時病名がわかる筈、体力おちた以外、異常なし。
11/05 11:12:パパ 連休の最後だね。林檎は仕事だね。パパの治療が終わったらいの一番に林檎に会いに行く、生きてる内に何でも果たして死んでから後悔しても、どうにもならないから。
11/05 13:49:パパ パパのメールに変化を感じたかな。長いメールが打てない。早く回復したいな。出来るといいな。歌いなさい。ブルースで林檎がパパを酔わせてくれる日を。今後もありがとう。
11/05 13:51:パパ たまにはスカイラインを読んでみなさい。
11/05 19:11:パパ 針供養看護師一団片隅「え」
11/05 19:16:林檎 パパが私に最初に送ってくれた小説読むよ書きとめてあるからね。
11/05 19:17:パパ ブルースは昔辛い暮らしを強いられた黒人のための魂の歌だった。んだよ。

林檎とパパのメールを考察してみる
11/03 そういえば文化の日だったりして、紅葉は北国から始まり、林檎の所は遅くて12月に入ってかららしい。
同09:31 SNS の過去作品の下手な自分の俳句を紹介している。
同20:45 今回の入院について自分なりの考察をしている。      『心筋梗塞。三本の血管が息を吹き返さないはずなのに』
 心筋梗塞の手術を受けたのはこの病院ではなく青森県市民病院である。しかし、私はすでに幾つかの手術項目のうちのバイパス手術を選択し、繋ぐ血管の本数も3本としている。この小誌編集の折に、ここに付け加えられたネーム(文字)なのかも知れない。
『今回の病気のために私は思わぬ金と時間を手に入れたらしい』
 どだい病気してどんな幸運が舞い込むというのだろう。誰かの雑談やら冗談話の中にまぎれこんだ幻覚なのだろう。林檎に「ブルース」「ネブラスカ」「ヨーロッパ」といった単語をメールしている。一時の浮かれ気分。
20:45 林檎が私のメールが乱れていることに不安を感じた林檎に泣かれて悲しくなった場面。このメール、私も現実にも泣きました。
こんな時林檎の言葉「いつも一緒にいるからね」とてもありがたい言葉だ。

おりづる 

 はたして私はどれくらいの期間、日数にして何日くらい、現実と幻覚のはざまを彷徨っていたのだろうか。
 このことは、あの時の「おりづる」の看護婦に聞いてみたい。半年も前(小誌を編集しようと試みた頃)の1患者の一件など、もう忘れ去っているのかも知れない。しかも今更のことであり、聞く側にとっても切り出しづらい。現在、私は病院の職員であり、以前のような患者という立場と違う。
 同じ病院の職員同士なのだから、お互い仕事以外の事は触れないようにしたいものだ、といったような不文律があるように思えてしまって…。
 今もはっきりと覚えている。自分で折った小さなおりづるを私に手渡してくれた若い綺麗な看護婦さん。その水色の指先ほどの大きさのおりづるは、お世辞にも綺麗な出来栄えではなかった。その折られたおりづるの紙質は表面がツルツルしているナイロン被覆の施された紙と言っても容易に折り目が付くものではない。だから、おりづるのように何度も折り曲げて形を造るのには向いていなかった。しかも出来上がり品は指先の関節一つほど、1.5cm
程のもの。そうして作り上げたおりづるは一見見劣りがする。
 おりづるを作るのは彼女の日頃の癖なのだろうか。それとも陰鬱な気分に任せて折られたものなのだろうか。

 ある日の午後。私は1階のレントゲン室に降りてCTスキャン撮影を受けることになった。
 体内の臓器を分割して撮影して診察に役立てるための検査だ。
 撮影を終えて車イスに乗せてもらい、いつも通り病室に戻る、筈だったのだが、
 看護婦さんからの言葉で、
「中村さん、少しディールームで休憩してから病室に戻りましょうか」
 放射線検査にそれほど長い時間が掛かった訳でもなかったのだが、いや看護婦さんの方で少し時間を空けたかったのかも知れないのだと解釈した。
そして、視界の開けた大きい窓の下のカウンターの椅子に車いすから乗り移った。
 この場所は普段から、患者の休憩用に、見舞客との談話に、大型のTVが設置されていて、ゆっくりくつろげるスペースになっている。

 コーヒーもお茶も置かれてない殺風景なカウンターの上。
 それでも私は入院して以来、病室の近くのこのディールームにすら立ち寄ったことがなかったから、こうして座っていること自体も訳もなく心が弾んだ。
 その看護婦さんからの言葉を聞くまでは。


実物のおりづる

てのひらに降りた  おりづる

「中村さんはどうして私の施した点滴を外したんですか。覚えていることがあったら教えて下さいませんか」
 私が点滴の管を引き抜いて身体から外してしまった事は兄からチラリ耳に挟んだ程度に聞いた覚えがある。そうなんだ、この彼女が点滴を施してくれたんだ。と、この時初めて知った。しかし、周りの医師や看護師や家族にとっては大事件であっても、当の本人は全く覚えていなかった。
 無論、患者が自ら点滴を引き抜くこと自体、普段ではあり得ないこと。日々看護職を忠実にこなしていた彼女が私からその時のことを直接聞きだしたかったのには、それなりの訳があってのことだろう。 

 何も記憶がないが、点滴を施した彼女を目の前にして、私は点滴の管を引きちぎったのかも知れない。
 そんな話をして、彼女は怒った風ではない。かと言って笑いながら… と言う訳でもない。どちらでもないごく普通の面持ちで、深まる秋の桜並木が見える十一月の窓の外を見ながら、私に視線を向けることもせずに、小さなおりづるを手の中で弄(もてあそ)びながら、私の言葉を待っていたのかしらん…。
 点滴の一件に関して何も記憶の無い私。
 何かしらの答えを期待する看護婦。
 恐らくは入院当初の頃に見舞われた強い幻覚作用によって私はかなり暴れていたらしく、メンタルヘルス科の処置も受けて、ベットの両側の柵にリストバンドのような拘束帯が結ばれていた。

 彼女が私が語り始めるのを待っている間、何も思い出せない私は言葉を探していた。答えではなく。言葉を。
 沈黙は何も生まない。
 私は今すぐに話せる言葉を探して、沈黙を埋めたかった。
 そうして口を開いて出た言葉は林檎とのメールのやり取りの事だった。その時に思い浮かんだのは、兄の事でも、職場の話題でも良かったはずだが、私が幻覚の嵐の海の中に溺れてしまいそうになった時、助けてくれたのは第一に医師や看護婦さんたちの懸命の処置である。また、陰で大きな影響を及ぼしていたのは林檎とのメールだった。
 それが為にメールの相手ことやツイートの文章の中身のことなどを、看護婦の彼女にというより、目の前の彼女の向こう側に向けて話している風に。
 当然ながら彼女にとっては私のメールの相手の事などどうでも良かったことで、知りたいとも思わなかったでしょう。

 本来であれば、私は林檎とのメールの話なんかをするよりは、先ずもって彼女に点滴の一件を謝罪すべきだった筈。
しかし幻覚というもの、本人は何ら罪の意識も持たず、対象相手に与えた損害の有無すら感じさせてくれないものなのだ。だから彼女に対して『良心の呵責』というものが無かった。もっともらし気に謝罪すれば彼女の看護婦としてのプライドは保たれたのでしょうが、はたして彼女への私の真意はどうなるのだろうか。と、その場では深く考えた訳ではないが、
 結局私は世間話も身内の事も職場の事も話すことなく、メールやSNSなどの話題に終始した。そしてチラホラと窓の外の景色やら天気などを話題に持ち出した。点滴の件については彼女が納得できるような説明が出来なかった。記憶がなかったから。逆に彼女にその時の様子を聞き出してみても良かったかもしれない。私自身はまだきちんとまとまりのある話が出来ない精神状態だったのだから。

 5分だったろうか、10分だったろうか。短いような長いようなあまり脈絡のない私の語りを聞きながら彼女は、あの小さなおりづるをヒョイと摘まみ上げて私の手のひらに落とした。
 その2cmに満たない小さなおりづるは、入院中からどこかに消えてしまいそうになりながら、ついに職場復帰してからも私の手元に残っていた。
 職場復帰がてらに3階病棟の機械室の点検を終えた帰りにナースステーションに顔を出したら、見覚えのある看護婦さんばかり。
 なぜか気恥ずかしくて、ただただ笑いながら小首を振り、職場復帰の感謝の挨拶を交わした。運よくあの「おりづる」の看護婦さんも居てくれたので、施設管理係の作業衣の胸ポケットからおりづるを取り出し、
「お陰様で働けるようになりました。感謝のしるしにお返ししますね」と、あっさりと素っ気なく彼女に手渡すと、彼女は素敵な笑顔を返してくれた。そんな彼女の手の中のおりづるを不思議そうに見詰める同僚たち。
 だから私はあの時、カウンターで私は下手な謝罪の言葉に終始しなくて良かったなと思った。こうして再会して素直に感謝の思いを伝えることができたからだ。
 感激ひとしおの最中ではあるが、
 気になっていて聞いてみたいことがあった。
「あのう私ここの機械室から煙が出て、火事だ!」言った覚えがあるんだけれど…」
 一人の看護婦が合図地を打ちながら、
「そうそう、中村さん『火事』って叫んでたわ」

火事の事 ラストに最も印象のあった記事てすが未完成です 必ず完成作品として後に披露致します💦💦💦

 答えてくれた看護婦さんばかりでなく、同僚たちもうなづいていた。
 私が様々な幻覚を体験した中で最も激しく、最もはっきりとした現実の出来事以上に鮮明な幻覚だった。
※私のような病状で、火事の幻覚を見ることは珍しいことでは無いかも知れない。ほかの職友の一人も別の患者に火事だと言われて非常ベルを押された経験を話していた。私たちの病状からくる不安要素が同じ幻覚体験を引き起こすものだろうか。

 これもある日、(ある日としか、看護記録でも読める機会があれば日付も確かめられるかも知れないが)。眠りから醒めたと思ったら消灯時間を過ぎた深夜だった。
 数名の看護婦以外ほとんどの患者たちも就寝してしまっている時分。ナースセンターのはす向かいの機械室の天井付近から浅いグレイ色の煙が漏れ出しているのが見える。
 就寝時間を過ぎた病棟は照明が落ちて、暗くなっていたが私の病室からは例の如く透けて見えて、ナースセンターのカウンター越しに機械室から廊下の天井を這うように煙が病室へ伝わって来るのが見えた。
 私に見えているのだから看護婦さんはじめ、目を覚ましている患者にも見えているはずだ。それなのに気付いているはずの患者も看護婦も医師にも慌てた素振りが一向にないし、騒いで声を上げる素振りもない。なぜだろう…。
 仕方がないから私が、
「火事だ」
 と大きな声を出した。
 それにも関わらずスタッフたちの反応が鈍い。
 機械室から廊下に漂っていた煙が徐々にナースセンターの天所に伝わり始めて来ているというのに…。

 車イスなしには移動できない私は気が気でならなかった。機械室から煙が吹き出してからも結構な時間が経っている。しかし、ようやく頼りにしていた防災センターのスタッフが2名、煙の吹き出している機械室の中へ入って行った。
本来であれば機械室にしろ、病棟にしろ一定時間が経過すればスプリンクラー作動などの自動消火の工程に移行すべきはずが、今夜は機能していない。火災に対処すべき方法はほかにもあったし、何よりも火事を知らせる院内放送もサイレンも鳴動しない。
 そうした中での頼もしき2名の施設管理要員は、何故だか煙が吹き出している機械室のドアにもたれて話し込んでいる。何を思ったか挙句の果てに大きな機械室のドアを開いたものだから、前にも増して煙の勢いが強まった。その挙句に防災センターの2名の要員は機械室の周囲から姿を消して、
 同時にいつの間にか3階病棟の看護婦スタッフや医師、すべての患者までもがフロアーに居ない。まるで置いてきぼりを食ったみたいで私は焦った。
焦りながらも心の中で、
「あわてるな。俺は心臓が悪いのだからあわてるのは体に良くない。冷静になれ。非常口を探すんだ。そうだ! 兄さんが一緒に病室に泊まってくれた時に、3階なのに非常口のドアの外に道があって、そのまま出られたあの非常口に行こう』。もちろんこちらも幻覚で、幻覚の中で以前に見た幻覚とをつなぎ合わせているが、この非常階段は実在していて、屋上から1階まで滑り台のように降りられるループ状の螺旋を形どった複数のスチールパイプが繋げられている。

 始終起きているめまいのせいで体全体が揺れて、一人ではどうしても車イスに乗れない。何度試しても同じだった。仕方がないから「コンバット」の軍隊のほふく前進のように肘で体を支えて進み、非常口へ歩き続けた。何だか体の方々に痛みを感じる。照明が落ちた暗がりの中を歩いたせいで、色々なものが体にぶつかったせいなのか。徐々に非常口が近づいているようだった。
※実はこのシーン。私の前回の診察の際に、偶然当時の病棟の看護スタッフに会った時に、「中村さんは、火事だとか言いながら肘や膝を擦りむいて大変だったのよね」と言いながら笑ってたので、ああやっぱりと。私も確信を得た気分で嬉し?かった。

「あった! 二番目の柱の奥のあのドアだ」
 心が躍る思いのままドアノブに手を伸ばしぶら下がって、ロックの利いたポッチを縦に回そうとしてもロックが外れない。ドアノブも回らない。悔しいながらそこをあきらめて、再びほふく前進で別の出口を探しに向かった。
 その時だった。看護スタッフが私を見つけて抱き抱えて車イスに乗せてくれた。
 知らぬ間に寝間着の膝小僧の辺りが流れた血で濡れていて、スタッフの一人がモップで、床を汚した私の血液を拭いた。
 その頃にはようやく消防署の消火活動も始まり、煙や炎の勢いも衰えてきていて、延焼の心配もない様子だった。
 だが、この日見た幻覚はこのままで終わらなかった。

「医療機能評価機構」による査察が始まったのだ。
 医療機能評価機構とは、○○○○○○

 残りのおよそ1000文字は保留いたします。
 いくら幻覚の世界とは言え、事実上の人物などが関わってきますので、曲解されることを恐れます故に。
 コメント欄にご事情をご説明頂ければ一考致します。
 おりづる舞ったよ 前編・後編お読みいただきまして誠にありがとうございました。





 
 
  



 


 




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