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41.北極に咲く花

・ピックアップ


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6月23日

オオー というどよめきの中、うつらうつらしていた私の目にワードハント島のとんがり山が飛び込んできた。ツインオッター機のコクピット正面に、炭鉱町にあるようなズリ山がポツンとあった。

その山は、ユーレイカかから来る途中で見た山肌が氷で光っているような山々とは全く違っており、真っ白い雪を背景にクッキリと浮かんで見えた。ツインオッター機がそのとんがり山を廻り込むとすぐ、大場さんとソリが確認できた。その山には雪は全くないが、麓にはまだ雪があり、そこにあっという間に着陸した。

CRVの蓮見さん、TBSの武石さん等、同行していた人はほとんどが先に降りて、私がツインオッター機を降りるところにカメラを向ける。5から6段のハシゴを降りて大場さんの方を見ると、大場さんまで私の方にビデオカメラを向けている。3回目の補給時に大場さんに渡したビデオカメラで撮影している。横断中も撮影してくれたようだ。

かなりの距離があったが、大場さんと私は、ほとんど同時にお互いを認識しあった。歩いて近づきながら声をかける。


私・・・・・「昨日は大変だったようですね。」

大場さん・・「いやー、まったくひどかった。一番大変でした。」

大場さんが近づいてくる。もう今までのように、見えない大場さんの心の中を心配する必要のないのを実感させられる距離になった。私はゆっくり手を伸ばし、大場さんに握手を求め、「よかったですね」と言う。

大場さんは、「志賀さん、ありがとう」と言ってくれた。見ていた人には、この光景が淡々とした2人に見えたらしいが…。大変シャイな私とほとんど同じであろう大場さんにとっては、これで十分であり、お互いの心にしみる最大限の表現だった。

私が大場さんに、「ゴールしてしまうとアッという間に感じますね」と言うと、大場さんは「そうでもないですよ」と言いながら、本当に屈託のない笑顔を見せてくれた。心の底からホッとしているのを感じて、私も満足感でいっぱいになった。

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ピックアップに同行してきた皆が次々と大場さんを祝福する。その間私は、長い距離を大場さんと一緒に頑張って来たソリに目をやる。大場さんは自分の思うようにソリが動いてくれない時には、声に出して怒ったりするのだと言っていたが、ソリの回りに貼ってあったステッカーがほとんど剥がれており、昨日までの苦戦を物語っていた。

その脇のほうを見ると、何ヶ月間も目にしていなかった色が目に飛び込む。自然の花が咲いているではないか。ワードハント島は小石がすべてで表面に土は全く見あたらない。その小石の中に黄色とピンクの小さな花が10㎝位のかたまりでそちらこちらに咲いている。それを見ると訳もなくうれしくなってくる。北極へ来て2ヶ月間、初めて見る自然の花だった。北極も春になったというのを実感させられる風景だ。

大場さんと北極海横断を支えた荷をすべて積み込み、ツインオッター機はワードハント島を離陸した。皆の希望で、大場さんの歩いてきた軌跡を空中からたどってみる。これがずっとロシアまで続いているのを想像すると、その偉業を実感することができた。ツインオッター機が高度を取り、レゾリュートへの帰路につきはじめると、機内はようやく静かになる。私の隣に座った大場さんは、感慨深げに窓の外を見ている。

私はツインオッター機の心地よいプロペラ音を聞きながら目をつぶる。レゾリュートで出会ったいろいろな人々との思い出が浮かんでくる。

空港に迎えに来てくれたピーターさん、一緒に補給に行った時、ご主人を思い出し涙を流していたベースキャンプのテリーさん、毎日おいしい食事を作ってくれたジョイさん、掃除に来るローリー、いろいろな助言をしてくれた河野さんチームの大西君・真木さん、私のサポートを完璧にこなしてくれたCRVの蓮見さん・三浦さん、カメラマンの鈴木君、オランダチームの3人のカメラクルー、スキーのシールをくれたオランダチームのメンバー、一緒に釣りに行ったイヌイットのおばさん達、ファーストエアー社のパイロット達など、次から次へといろいろな人が思い出されて来た。

2ヶ月間、毎日が新しい人との出会いであり、今まで知らなかった自分の発見でもあった。出会った人達の名前を忘れても、気持ちを交わした事の多かったレゾリュートでの出会いは、忘れようのないあまりにも貴重な体験だった。こんな思いにふけっていると、隣の席に座った大場さんが声をかけてきた。


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