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4.旅立ち――4度目の挑戦へ

・大場さん北極海へ踏み出す


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レゾリュート村から数キロ沖合の氷山

4回目の挑戦となる大場さんを見送る人は意外な程少なかった。大場さんの表情に緊張感は無く、楽しみにしていた海外旅行へ旅立つ人とたいして変わらぬ様子で出発した。北極の長い夜だけの季節が終わり、太陽が顔を出し始める2月23日、大場さんはロシアのコムソモレツ島からカナダのワードハント島へ向け一歩を踏み出した。 

出発後、無線機を持っていない大場さんから我々へ、情報を伝える手段は次の3つがあった。

1.アルゴス(大)・・・大場さんの毎日の位置を伝えるアルゴス発信器(大)。スイッチを入れると90秒に1度ずつ電波が発信され、この電波をキャッチした3つ以上の人工衛星から情報がフランスに送られ、そこから電話回線を使ってパソコンで発信者の緯度、経度を我々へ伝えてくれる。発信機の電池は120日間以上持つとされている。時間的経過で大場さんの動いている位置を見ればある程度は大場さんの置かれている状況を掴む事も出来る。ただし人が乗っている氷が動いているのか、人が動いているのかまでは分からない。

2.アルゴス(小)・・・補給のタイミングを知らせるアルゴス発信器(小)。大場さんが補給の要請を出す場合にこの発信器のスイッチを入れると(大)と同じ仕組みで大場さんの希望を確認出来る、大とは周波数が違い、電池寿命は、40日間。

3.イーパブ・・・救助を依頼するイーパブ(緊急発信機)。アルゴス発信器は、プライベートな機械であるが、イーパブは公のもので、これが発信されるとカナダ沿岸警備隊や海上保安庁等が動き、救助活動を開始するもの。

この3つが、大場さんの命綱なわけだが、無線機を持っていない大場さんは、受信されているかどうかを確認する方法はない。



・イーパブ(緊急信号)受信、大場さん冒険断念か!

出発後、大場さんの位置を知らせるアルゴス発信機(大)は毎日、順調にデータを送って来ていた。アルゴスのデータで数時間前にいた大場さんの場所がわかるのである。ロシア側北緯88度までは何か問題があれば、ロシア側からヘリコプターを飛ばす事になっていた。私の会社事務所には、それ以北のカナダ側での補給に使用する食料や予備の装備が北極行きを待っていた。

3月に入り、私の友人の間中さんにレゾリュートに補給物資を運んでもらった。間中さんは全日空の旅客機のパイロットであり、英語が話せるので頼りになる存在だった。間中さんに、もしも私がレゾリュート入りする前に補給要請がでた場合は、カナダ人のピーターさんに補給準備に手を貸してくれるようメッセージを託した。

補給物資を送り出し、あとは私の出発日の4月10日を待つのみとなった。その後数日間、アルゴス電波が受信されない事もあったが、着々と大場さんは北極点に近付いていた。ところが3月下旬、突然アルゴス(小)の発信が確認された。補給要請である。

大場さんのいる場所は、すでにロシア側北緯88度を越えており、カナダ側よりチャーター機を飛ばし補給する事になっていた。ベースマネージャである私はまだ日本にいてあせった。東京の事務局とレゾリュートの両方と連絡をとり、補給の準備をしていると、30時間後、今度はイーパブ(緊急発信機)を受信した。

イーパブの発信は、通常、大場さんの冒険断念の意志表示だ。しかし私は、この発信は大場さんが補給機到着が遅いので不安になってスイッチを入れたものと判断した。

大場さんとの成田出発前の打ち合わせを思い出したのである。補給要請と判断しても私は日本にいる。レゾリュートにいるピーターさんがうまく補給物資を手配してくれたらと願うのみだった。翌日、山形の新聞には、「大場満郎北極海横断を断念」と出た。明大生・村田君がいる東京の事務局でも、「イーパブが発信されたのだから断念です」と発表した。

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