僕は14年前に東南アジアを旅行した:序【見知らぬ、空港】

 大学3回生の秋。僕の通う大学では冬休みどこに旅行するかという話題で持ちきりだった。それもそのはず、大学4回の春からは就職活動が本格化する。何も考えずにフラフラと旅行にいく最後のチャンスがこの冬休みという訳だ。

 とはいえ所詮は大学生。大して金も無ければそれほどのチャレンジ精神も無い。結局は温泉旅行やスノーボードに赴く程度で、それならば別にいつでも行けただろって意見も波のように押し寄せてくるだろう。

 しかし、僕の所属していた4人グループは違った。バックパック1つで海外旅行をしようという話になったのだ。バックパッカーというやつだ。
 周りと違ったというか、違うと思われに行っていた。簡単な話、尖っていた。尖っていたというか、尖りに行っていた。まあ、関西大学社会学部社会学科マスコミュニケーション専攻なんていう名前が長い割に内容は漠然とした学科に意気揚々と入学してきた大学生男子なんてそんなもんだ。

 学部内の食堂(「Cafe SOCIO」という小洒落た名前だが定食しか置いていない)の丸テーブルを囲み、周りの学生が旅行のパンフレットを開く中、買いたてのiPhone3GSを片手にどこに旅をするかの会議を開く。
 無限の選択肢の中からではなかなか旅行先が決まらないため、まず1つの大きなテーマを決めた。そのテーマは”世界遺産を見る”というものだ。
 全然尖ってない。びっくりするほどベタ。でも当時の僕らは世界を変える発明品を創り上げたかのように大盛り上がり。言うなれば旅行エジソン。言わなければ只の大学生。
 そこからは予算と時間を加味しながら、どの世界遺産を観に行くか考える。会議に会議を重ね

 ”まずはベトナムに行き、そこからカンボジアに移動してアンコールワットを観る”

 というプランに決定した。いやあ、ベタだ。逆に1ページ目だ。辞書で海外旅行と引いたら最初に出てくる、いや、広辞苑の表紙に載っていそうなくらいの1ページ目度合いだ。とはいえ、当時21歳の男子の可愛い決断。そこは温かく見守って欲しい。

 荷物は大きなリュックとウエストポーチだけ。宿泊先も基本的には決めずに、簡易のホステルのような所を探す貧乏旅行。男だけの旅行なので、環境の劣悪さには目を瞑る。とにかく出費を抑える為のプランを練っていく。

 そして、迎えた冬休み。関西空港から飛行機に乗り込む。向かうは台湾。なぜ台湾なのか。ビビアン・スーに会いに行ったわけではない。トランスファーで一度、台湾で降りて空港内で待機、その後別の飛行機に乗り込みベトナムに向かうためだ。
 これ自体は普通のトランスファーなのだが、この待機時間が普通じゃなかった。衝撃の12時間。12時間の間、空港で時間を潰さなければいけなかった。理由は、単純明快。この方法が一番安かったから。

 12時間空港に缶詰めなんて、まるでトム・ハンクス主演のターミナルの体験版じゃないか。トム・ハンクスだったら12時間くらい何とも無いだろうが、僕たちはトム・ハンクスじゃない。ハンクスでもクルーズでもソーヤーでもなければ、トムでもトミーでもカンタでもヤマトでもない。

 そんなに時間があるなら台北あたりに遊びに行けばいいじゃんという横浜弁の意見が聞こえてきそうだが、こんな序盤で浪費するのは不安すぎる。
 とりあえず空港内の屋台のような所で食事をする事にした。最も安いメニューを注文すると、3エリアに仕切られたプレートの上にライス、チキンソテー、春雨サラダが盛られている代物が渡された。ウソだろ、全然美味しくない。最悪だ。旅行一発目の食事が大失敗に終わった。これは想像以上のダメージ。疲れと眠気に、得体の知れない不味い多国籍料理がジワリと効いてくる。

 何とか完食したが、まだまだ全くもって時間を潰せていない。まだ10時間近く余裕がある。売店へ向かい、何か時間を使えるアイテムが無いか探索する。するとブックラックに雑誌「PLAY BOY」を見付けた。様々なトピックスが載っているアメリカの大衆紙なのだが、その最大の特徴はブロンドヘアーダイナマイトオパーイ女性のヌードが掲載されている事だ。日本では中々お目にかかれない代物。そして、旅行の高揚感。僕たちは迷わずレジに持って行った。

 本を開き、直行便でヌードのページに赴き「エロォ」とか「スゴォ」とか「オパーイが光ってるゥ」とか一通りの感想を言い合うが、せいぜい時間を潰せて30分。そりゃあそうだ。外国人女性のヌードで10時間も時間を潰せる人間がいたら連れてきて欲しい。国の運営する研究機関に連れて行って解剖してもらうから。

 そして瞬く間にやる事が無くなり、「よし、明日の為に寝よう」という透き通るほど当たり前の事を言いながら空港のソファで睡眠を摂ることにした。
 3人が寝て、1人が荷物を監視するスタイル。まるでジャングルでの睡眠の摂り方。当然だ。21歳の可愛い可愛い男の子からすると異国人は虎や熊のように凶暴に見えるのだから。
 友達に監視をお願いして、僕の寝るターンに入った。駄目だ。到底眠れる気がしない。持ち前の末っ子気質とナイーブさが完全に仇になっている。そもそも空港で寝るってなんなんだ。ベットで寝させてくれ。ついでにヒーリングミュージックでもかけてくれ。何でこんな事しないといけないんだ。

 はっきり言ってこの時点でちょっと帰りたくなっていた。まだ台湾なのに。東アジアすら脱出できていないのに。井の中の蛙すぎる。アンコールワットなんて夢のまた夢。帰って母親の作った生姜焼きを食いたい。そんな事を考えながら、身体の疲れに身を任せていると気付いた時には眠りに落ちていた。

 そんなこんなでやっと早朝を迎えた。第1の地獄・台湾トランスファー編を乗り越え、飛行機に搭乗して遂にベトナムへ向かう。
 僕たちは見知らぬ地にワクワクしていた。この先に更なる地獄が待っているとは知る由もなく。



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