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十段位 魚谷侑未

 連盟の最高峰タイトル十段戦。決勝は5人打ちで1人が抜け番となるシステムである。1回戦が抜け番だった魚谷さんは2回戦が初戦となる。1300放銃と流局で迎えた東2局1本場のことだった。

 軽い配牌を手にした魚谷さんは七索をチーテンに取る。一発裏ドラのないルール。メンゼンで高打点にはなかなかならないので、急所を捌いてかわし手にするのは当然の判断だ。

 2巡後に六索をツモ。親の浜上プロは白を鳴いてマンズの一色気配。マンズ待ちを嫌って四七索に受け変える。ここまではごく普通の選択である。

 次巡に引かされたのが三万だった。嫌な牌だ。マンズのホンイツをやっている浜上プロはドラの一万と二万を余らせている。

「あ~これいけないでしょう」
「これは無理でしょー」

 解説の言う通りだと思った。優勝以外意味のない決勝戦とはいえ、三日間の勝負は始まったばかり。12000ありそうでテンパイにしか見えない親の仕掛けに1000点で挑むような場面ではないだろう。浜上プロは1回戦ラスだったので走らせたくない相手というわけでもない。しかし、魚谷さんはこの三万を ――

「行ったねぇ~!」

 平然と打ち抜いた。ハンパない押しである。

 この三万に浜上プロがチーテンを入れるが、次巡七索を掴み、魚谷さんがあがり切った。点数的には小さいが、親のチャンス手をつぶした価値は大きい。そして観ている人に与えたインパクトは絶大なアガリだった。クイタンの1000点だったのにも関わらず、観戦レポートでもこの局が取り上げられている。プロから見ても三万はなかなか切れる牌ではないのだ。少なくとも、決勝メンバーでこの三万を勝負する人は魚谷さんしかいないように思う。

 「なぜ魚谷さんはあの三万を切れたのだろう?」

 十段戦が終わってからも、不思議に思えてならない一局だった。四七索待ちにアガリの感触がある、確かにそうだろう。しかしそれだけの理由で切れるものなのだろうか?

 ここで話はMリーグに変わる。魚谷さんが優勝してから1か月たった11月24日。Mリーグで久しぶりに魚谷さんがプレイヤー解説の日で僕はとても楽しみにしていた。その1回戦の東4局。仲林選手が驚きの一手を見せる。

 伊達選手が白を鳴いて四万二万を払ったところにリャンシャンテンからドラの南を切り飛ばしたのである。南は伊達選手の役牌で、放銃すればハネ満まで覚悟しなければならないだろう。これもまた、ハンパない一手である。この打牌の意図を、魚谷さんはこう説明してくれた。

「切るなら今しかタイミングがないという感じですね。『テンパイはしてないでしょ?』っていう。伊達さんが四万二万っていうターツ落としをしたんですよね。二万を切ったときに有効牌を引いてないとテンパイになっていないので、ここが切り時という判断でしたね。」

 仲林選手は試合後に検討配信をされているが、まさにその通りの思考だった。「伊達さんの二万切りは安全牌と変えた可能性が高いので、テンパイ率が下がっている。なのでここで南を切りました。」と。

 なるほどすげえなぁと思ったあと、僕は十段戦の例の局を思い出した。もうしかして、そういうことだったのか?

 もう一度局面を見返してみる。浜上プロはニ万を1回ツモ切りを挟んで手出ししているから、実質一万二万のターツ落としである。そして二万は三方向に対して通っていない牌なので、二万より安全な牌を引けば入れ替える場面だ。また、この二万切りは五万とのスライドが否定できる。(ドラが一万なのに一二三四から一万を切ることは考えにくい)

 つまり、この巡に浜上プロがマンズのテンパイできる有効牌を引いていない限りノーテンだと判断できるのである。もし仮にテンパイだとしても、シャンポン、ノベタンを含む単騎、カンチャン、ペンチャンが否定できるので三六万にしか当たることがない。無謀な勝負に見えて、実は勝算があったのだろう。

 魚谷さんにとって、これがはじめての十段戦決勝。しかしビッグタイトルを前に気負いがあったわけではない。自分の読みを信じて戦う ―― そんな覚悟と信念の一打だったのだ。

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