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アパートの駐車場にアリの巣ができた話

ある日突然アスファルトの隙間から茶色い土が湧き出してきたと思ったら、アリの巣ができていた。

腰を折り目を凝らしてみると、無数の黒いアリたちが忙しなく茶色い土の粒をアスファルトの上に運び出している。私はその様子をじっと眺めながら、これだけ真っ黒に塗り固められていても、その下は土のままなんだよな、とふと思った。

湧き出る土は日に日に増えていった。指先でも押し潰せてしまうくらいに小さなアリたちがせっせと運び出した土は、水たまりのようにアスファルトの上に広がっていく。 その下には相当広い住処が作られているに違いなかった。 隣の空き地ではなく、アパートの駐車場の、一センチにも満たないような隙間に降り立ってしまった女王アリは、それからほんの数日のうちに一国一城の主になったらしい。この地面の下で今まさに一族の栄華を極めている(流石に言い過ぎか?)無数のアリたちがそれぞれに目的を持ってぞろぞろ蠢いているのを想像して、途端に気持ちが悪くなった。

アリ用の置き型殺虫剤を買った。土はどんどん湧き出し、そこらを這い回るアリの数は目に見えて増えていく。いつアパートの中に侵入してもおかしくない。 私は巣のそばに殺虫剤を置いた。 甘い匂いにつられたのか、すぐさま二、三匹のアリが寄ってきた。そのまま一晩置いておくことにした。

翌朝、湧き出した土のまわりは静かになっていた。目的を失ったアリが数匹、のろのろ歩き回っていた。この土の下で、無数のアリが死んでいるに違いなかった。 元から音なんて聞こえなかったが、静かになった、としかいいようのない空気がそこにあった。私は空っぽになっていた殺虫剤の容器を回収した。

次の日は雨だった。 湧き出した土は雨風でアスファルトの上に滲み、隙間に空いていた穴を塞いだ。

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