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傷つけるのも人だが、救うのもまた人である。

集団生活の中で幸せに暮らしていた私は、
大学の自由さと孤独を知ったとき、
強い衝撃を受けた。

それまでの人生では、どのグループにも顔を出し、関係を築いていたので、私には誰とでも分け隔てなく親しくなれるスキルがあると自負していた。

しかし、大学は勝手が違かった。人が多すぎる。みな個性が強い。カリキュラムも誰かと同じではなく、自分で作る。学問の場なのだから、当たり前だといえば当たり前なのだけれど、今までにない圧倒的な孤独感。どこからどうやって手をつけたらいいからわからなくて途方にくれる。しまいには、喘息をこじらせて、お医者さんに休息をとるように、さもなくば入院だぞと脅される。

それでも大学には可能な限り通った。行けなくなるのが怖かったから。大学から帰れば、すぐにベッドへ。ベッドと大学の往復の日々。
大学では少しずつ知り合いが増えてきた。
ただ、仲良くなれそうだと思った人には、あなたB型なの、と言われて距離を置かれたり、この人は車を出してくれる人、この人は、と相手を利用している人がいたりで、溶け込むことができなかった。
私はいままで似たような環境や考えを持っている人たちの中で、上手くやっている、私は人と繋がるのが上手だと過信していた、ただの井の中の蛙だったのだと気づくと、自分の存在価値すら感じられなくなった。
人が怖いと初めて感じた。

そんな不安定な中、離れていた高校の友人から、パソコンでテレビ電話をしようと連絡がきた。
あれだけ人に不安を抱いていたくせに、飛び上がるほど嬉しかった。体調をおして、慣れないパソコン操作のすえ、久しぶりに友人に対面できた。
私は、ひたすら彼女に、大学はひどいところで、早く卒業したいと、愚痴をこぼし続けた。
彼女は、それをうん、うん、と静かに聞いてくれて、そっと、大変なんだねと言ってくれた。急に涙が出て、声が詰まってしまった。
違う道もあるし、やめてもいいんじゃない、と言われると、言われてみれば確かにそうだ、と自分の視野がかなり狭くなっていることに気がついた。
それからしょちゅう彼女に、連絡を取っては愚痴を聞いてもらった。友達がほしいなら、自分から心を開くといいよ、という優しいアドバイスももらった。

大学はいつでもやめられると思えるようになったから、いっそ好きなように振る舞ってやろうと、自分から積極的に話しかけてみたり、企画したり、一方で一人で過ごしてみたりとしていたら、だんだんと打ち解けられる友人や場所が出来て、大学に行くことが苦ではなくなってきた。

人に打ちしひしがれて、もう私なんていなくていいやと思っていたけれど、
助けてくれる人がいて、私は息を吹き返すことができた。
傷つけるのも人だけど、救うのもまた人なのだ。

私も誰かを救える力になれますように。

#一歩踏みだした先に

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