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(翻訳)謝辞

 この本は50年をこえる研究、探求、調査、インタビュー、執筆につぐ執筆、ディスカッション、聞き取り、調査旅行、そのほか私たちがおこなった懸命の努力の結果である。ゲイル・ディーン・ワードローは1962年から、ブルース・コンフォースは1968年からロバート・ジョンソンの研究を始めた。今、この文章を書いていてあることに気がついてちょっと驚いた。ゲイル・ディーンがはじめてロバート・ジョンソンの死亡証明書を公表し、ロバート・ジョンソン研究に新しい道を切り拓いたのが今からちょうど50年前のことなのだ。
 私たちふたりがロバート・ジョンソンの生涯と彼が生きた時代の研究を始めてあまりにも長い年月が過ぎたため、今ここで謝辞を呈さなければならない人たちは文字通り数千にのぼる。まだ存命の方もたくさんおられるが、多くの人たちは鬼籍に入ってしまった。ゲイル・ディーンは、彼のインタビューに応じ、多くの貴重な情報を提供してくれた、今は亡き多くのブルース・ミュージシャンやロバート・ジョンソンを直接知っていた人びとに謝意を表したい。ヘンリー・オースティン、リリアン・ベリー、イシュマン・ブレイシー、ジョー・キャリコット、レデル・ジョンソン、ヘイズ・ムーリン、ウィリー&エリザベス・ムーア、H.C.スペアー、ルーラ・メイ・ステップス、フランク・ハワード牧師夫妻、オーティス・ホプキンズ、チャーリー・ムーリン、(アーカンソー出身の)ウィリー・ブラウン、サミー・ワトキンス、マーヴィン "スモーキー" モントゴメリー,フレッド・モーガン、ユーラ・メイ・ウィリアムズ、ジョニー・テンプル、そしてルージー・エスクリッジといった方々である。ブルース・コンフォースもまた同様に、インタビューに応じてくれた多くの故人に謝意を表したい。ロバート・ロックウッド・ジュニア、ジョニー・シャインズ、ディヴィト "ハニーボーイ" エドワーズ、そしてロレッサ・ジィンマーマン=スミスといった方々である。故マック・マコーミックは、ロバート・ジョンソンの家族 --- 父親違いの姉キャリー・ハリス --- を最初に発見した人物であり、彼女が持っていたロバート・ジョンソンの写真を初めて見た人物でもあった。マックはロバート・ジョンソン研究の第一人者のひとりであり、ロバート・ジョンソンに関する彼の著書 " Portrait of a Phantom " が未完のままで終わってしまったのはなんとも残念でならない。私たちふたり、ゲイル・ディーンとブルース・コンフォースは、この長い年月のあいだにそれぞれマックと話をする機会を何度も持った。私たちがこの本の執筆を計画していることを知ると、マックは原稿を読んで的確なコメントをくれたのみならず、この本を完成するためにはどのような追加調査が必要なのか惜しみない助言を与えてくれた。故スティーブン・ラベアーも同様に、ロバート・ジョンソンについていろいろ教示してくれただけでなく、その著作を通して(不完全な情報もあるが)ロバート・ジョンソンについての重要な情報を提供してくれた。ラベアーが創設したデルタ・ヘイズ・コーポレーション(Delta Haze Corporation)は彼のすばらしいコレクションのなかから多くの写真を使うことを許可してくれた。ローレンス・コーンに心から感謝の意を表したい。1990年、コロンビア・レコードが発売した " Robert Johnson, the Complete Recordings " でグラミー賞を受賞したローレンスは、我々の友人であるだけでなく、我々の仕事を熱心に支持してくれた。ローレンスはレコード・コレクターであり、歴史家であり、学者であり、レコード会社の元重役であり、その他多くの顔をもつ人であった。ローレンスは、ドン・ロウ、フランク・ドリッジスなどから彼ひとりでこつこつ蒐集したロバート・ジョンソンについての厖大な情報を私たちに提供してくれた。ローレンスの著書 " Nothing But the Blues : The Music and the Musicians " (Abbeville, 1993)はブルースという音楽のさまざま側面をトータルで捉えたすばらしい著作である。

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