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名古屋のリソスタジオ when press

例年よりも長いゴールデンウィークも中日を越えた5月4日、前日にホホホ座の2階をスタジオに、という話が降って湧いて、少しだけ心に詰まっていた不安感が抜けた心地よさを携えて名古屋駅に降り立つことに。時間はなくとも、名古屋駅の新幹線ホームにいるならば、とりあえずは食っておけのきしめんを素で一気に流し込んで(素、でも結構具が載ってるのがうれし!)、足早にハードコアタウン、今池へと向かいます。

龜さんは15年来の友人であり、音楽家としても信頼できる人。彼の素性は謎にしたほうが面白いのでここでは書かないけれど、僕らが東京でリソスタジオを始めたときに、誰よりも興味を持ってすぐに連絡をしてきてくれたのでした。「ボクも名古屋でリソスタジオをやりたいんですよ!」と語るものの、正直、機材もまだ手に入れていないし、なかなか時間がかかるんだろうなぁ、と。でも、気づくと名古屋の面白いアートスペース「スタジオ・マノマノ」の協力を取り付けて、機材に関しても最新鋭のマシン(悔しい……)を手に入れて、そしてついに待望の名古屋初のリソグラフ・スタジオ「when press」を構想から半年でスタートさせたのでした。やるなぁ。

オープンを記念してのトークイベントにお誘いいただき、東京から、スーツケースいいっぱいに海外のリソグラフ作品をたっぷり詰め込んで。
「まぁ、リソスタジオのオープンなんて大した話題になるわけでもないから、トークイベントっていっても、10人くらい来てくれたら有り難いなぁ」と思っていたら、予定の40人が予約で埋まってしまったとのこと。え、もしかして少しでも話題になっているんでしょうか? え? なんだか伝えたいこと、言いたいことが多すぎて、一気呵成に語ってしまって少し反省。一番伝えたかったことは、

「今や誰でも、インディペンデントでパブリッシャーになることができる。そして、すぐに世界につながることができる」ということだったのですが。

基本、若い世代のアーティストやクリエイターの方に数多く来ていただいたものの、目の前にちょっとだけ毛色が違う同世代の男性の姿が(笑)。たしか、今を去ること10年以上前、なぎ食堂を始めたころに、自身の「SCHOP」という1冊1テーマの雑誌で、わざわざ名古屋から取材をしてくれた編集者の上原さん、その人でした。

気づくと初老と呼ばれてもおかしくないほど歳を取りつつ、わりと十代から七十代まで、いろんな世代の人間と付き合うことが多いわけですが、それだからこそ、そんな雑多な世代の人たちの中で「ほぼ同級生」の人間と出会うと、必要以上に心が繋がり合ってしまう感じがします。この歳になって同級生もなにもないんですが(笑)。上原さんの仕事は、SCHOPはもちろん、数年前、名古屋のON READINGで通販で購入した「VU Nr.001 modern」という雑誌で、その丁寧な作業を確認することができます。そんな上原さんと、トークが終わったあとに、しばし話しをすることに。

名古屋といえば、老舗の大きな素晴らしい書店、ちくさ正文館もあるし、最近のリトルプレス/zine周りでいえば、自身の出版社ELVIS PRESSも持つON READINGさんのような、海外のアートブックフェアの常連とも言える本屋さんもある。それゆえに、本を作ったりする環境は充実しているのかな、と思っていたのだけれど、どうも勝手に思いこんでいたイメージとは少し違うようでした。もちろん正文館もON READINGも地元に密着してちゃんとした仕事をされているのだけれど、そこで販売する本を作る「フリーランスの編集者」がほとんどいない、とのこと。えー、そうなの? たしか京都でも同じような話しを少し聞いたけれど、そんなに編集者不足なの? というか、東京にはフリーランスの編集者が余ってるんですけれど(笑)。ただ、よくよく考えてみれば、出版業界はほぼほぼ東京に集中しており、地方都市、それも名古屋や京都のような大規模な街ですら、専門書以外の出版社自体が少ないという。それゆえに、フリーランスの編集者自体が食えることもなかなかないし、いたとしても仕事のために上京せざるを得ないのが、今の地方都市の現況のよう。もちろん、最近では、「SPECTATOR」の編集部が長野市に移住したり、「murmur magazine」が岐阜県美濃市に移ったりと、地方都市で都会とつなぎながら出版する雑誌社も増えては来ています。そりゃ、原稿や写真も大抵のものはネットで送れるし、在庫を抱えるにしても地方であれば、倉庫費用も安い(もちろん前述した出版社は、在庫を家の倉庫に山ほど抱えちゃぁいないだろうけれど)。でも、東京をハブにして出版/販売を行うのではなく、地方都市である程度完結できるような体力を持って活動/運営ができている一般書の出版社はなかなかないのではないでしょうか。

上原さんは、そんな状況を打破すべく、このたびフルタイムの仕事を早期退社し、フリーランスの編集者として名古屋をベースに活動をしようと考えている、と話してくれました。わー、50歳を越えて、悠々自適に生きられる環境を捨てて、蛇の道に踏み出そうとしている人がここにいる! そして、その出版の可能性のひとつとして、まだ使ったことがないリソグラフ印刷に興味を持って、こうしてトークイベントの一番真ん中で見ていてくれる。ありがたいわ、元気づけられるわ……そして、馬鹿だわ(笑)。なんか嬉しくてうれしくて、いろいろと話しつつ、時間は過ぎていく。

「じゃ、京都に帰ったら名古屋までは車でもすぐなんで、また一緒になにかやりましょう!」と約束を交わし、when pressの皆さんが用意してくれた美味しいケータリングを楽しんだのち、東京に戻る新幹線に乗り込む。2日前にはまだ靄の中にあった編集/出版への思いが、どんどん雲が開けていくような、そんな心地良い気持ちとともに。

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