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まだAIに入ってないものと、そして神林長平

新しい作り物がまだしばらくかかるので、AIについて昔から考えていたことを絞り出してみます。話しを検証出来ている訳でも理路整然としている訳でもないので、じいさんの妄言と思ってもらってもよいです。


「AIが人に追いつく」というほどAIと人に差はないのではないか

よく「シンギュラリティやAGIはいつだ? もうすぐ来る?」みたいな話がありますが、私はそもそも「人とAIは言うほどの差はない」という考え方をしています。
何箇所か確かにAIには人に比べて足りないところがある(後述)とは考えているのですが、その足りないところはおそらく人がAIを活用する上で大して必要ではない部分です。

思考実験として「奥さんと生返事の会話をする旦那AI」というGPTsを作ってみました。

奥さんになったつもりで、今気になっていることや関心事を聞いてみましょう。本物の旦那さんとそう大差はないと思いませんか。

人は一日のうちに高尚な思考行動をしている部分は多くないと思っています。人の日常の80%くらいの行動は現在のAIまたはその延長で実行可能と思うのです。
「AIが人に追いつく」というニュースは踊りますが、私は「人がやってることの大半はAIと同じようなことしかやってない」から追いつくもなにもないと考えています(人間の価値がAIの価値と同じという話しではないです。人の価値は人が決めるべきものです)

では人とAIの思考は根本的に何が違うのでしょうか。

人とAIの差(1)「生存時間内で繰り返し学習した主観知識の差」

旦那AIと話しているうちに違和感が出てくるのは「お互いの日常の共通知識がない」という点だと思います。知的思考しているか、していないかみたいなところではなく「ここ数日~数年に積み重ねられている『旦那視点からの主観情報』がない」です。AI的にいうと「共有しているはずのRAG情報」がない違和感です。

AとBの主観知識は個々を王にした視点の異なる記憶であり、個性である

人が「生まれてからの本人視点から見た主観的収集情報」は個々の人の個性という形のものになり、他の一般常識/文化的知識で置き換えられるようなものではありません。
主観知識という決して重複しない情報が人類の人数だけ存在する。これは種の生存戦略における多様性の根底だと思っています。

神林長平が言う「世界とは言語である」

AIに足りない機構的2つの差の説明のためにちょっと寄り道をします。
SF作家の神林長平の作品群です。
ご存じ「戦闘妖精雪風」で有名なSF作家です。この人の作品にはAIや人工知性の話がたくさん出てきます。
この方の中期の作品にしばしば出てきたテーマに「世界とは言語で出来ている」というものがあります。「言壺」とかいろいろありますが、わかりやすい作品では「プリズム」が好きです。

「言語を操る悪魔と思いを操る悪魔」の戦いの話で、本編内では「言語を操る悪魔」が勝利します。
GPTが世の中に出てきてChatGPTなどの生成AIを触っていて一番最初に思い浮かんだのは神林長平の作品群でした。言葉の累積のたたみ込みを確率で整合するだけで、かなりの知的な返答や絵が生まれる状況を見て「世界は言語だった」つまり「言語に完敗した」と認めざるを得なかった。

私自身はAIは学生時代から個人的趣味として勉強をしていました。その中で「AIはニューロ系のシステムで作られることになる」というところは確信を持って思っていたのですが、「思いを主体としたニューロシステム」になると漠然と思っていたのです。

「思い」→「生き物としての価値観」と以降ここでは読み替えてください。

人とAIの差(2) 価値の最小単位「時間間隔の短さ」がない

私は人が処理する価値観の最小単位は「時間の間隔が短いこと」が価値の値を持つということだと考えています。
おそらくピンとこないと思うので少し説明します。

1年後の価値など本来は知らなかった

ラベルのないボタンが2つあります。「1秒後にパンが出る」ボタンと「1年後にパンが出る」ボタンです。どちらに価値があるでしょうか?

押すと1秒後にパンが出るボタンと1年後にパンが出るボタン

おなかがすいていれば「1秒後にパンが出る」の価値が圧勝です。でも、おなかがすいていなくても「ボタンを押したら1年後にパンが手に入ります」と言われても信じられますか?
猿は1秒でパンが出るボタンを押しまくって喜ぶでしょう。しかし1年後にパンが出るボタンは何回か押した後忘れてしまうでしょう。そして1年後に出ているパンを見て不思議に思うだけです。ボタンと関連しているなどまったく思いつかないでしょう。

1年後に何かをスケジュールすることはそうとうに知的なことです。1年後など知恵の体系が習得した人間がようやく価値があると算定できる話しで、素の生物なら1年後にはじめて発生する事象など価値は0に等しいです。
人を含む生物のすべての価値行動は「すぐに発生する」「すぐに反応する」「すぐに手に入る」など、「すぐ」でなければ価値行動を作り始めることはできません。
「1年後」の価値とは、知識で将来を推論して備えるという「知的活動」により、1年後の価値を推測できるようになって初めて発生した価値感です。
価値とは秒単位くらいの「すぐ」の時間だけが持つものだったのです。

繰り返しの価値は重い

「時間間隔が短い」ということは、概ね「繰り返しの周期も短い」ということです。ある事象の繰り返しが多ければ、それを学習する機会も増えます。複数回現象を観測すれば、現象の特性や条件も複数回確かめられます。それは現象をより理解できるということです。

100年周期の価値など誰も感じたことはない

100年を越えるような周期の事象を直接観測した人はほとんどいません。記録を取れるようになって、その情報を信じて仮説を組み立てることで「知的活動」により100年周期の現象も理解できていますが、それは体験では学習できないものです。生き物としての人は100年を越えるような周期の事象に価値は発生しないのです。

反応時間が短い者がその後を支配する

狩り/採取をする2匹の動物がいます。同じ餌があることを見つけました。おそらく「反応時間が短い方の動物」が先に動いて餌を手に入れます。実際には罠があったり運がよい/わるいでどちらが手に入れるかはわかりませんが、多数回すれば「反応時間が短い方の動物」が餌を手に入れる確率が高いでしょう。生き物にとって「時間が短いこと」はその直後の結果に影響が大きいです。

生き物の価値認識は「時間間隔が十分短い」事象でなければ検知できません。感情が処理できる価値は「時間間隔が十分短い」ことが大前提の価値です。
私からするとAIは「時間間隔の短さ」という価値を持ちません。知識としてまたは「時は金なり」みたいな言語データとしてしか理解できていないでしょう。

人とAIの差(3) ハードに組み込まれた衝動生成器「本能」

人はおなかがすけばイライラします。怪我をしたら苦しみます。知識に関係なく「ハードウェアに直接組み込まれた、知的システムに干渉する苦痛」は本能というべきものです。
本能は生物が知的能力を持たない頃の生存確率を上げるために行動衝動を発生させる機構ですが、人は知的能力を手に入れたので本能はほぼ不要です。
AIには本能の仕組みはありませんし、いりません。むしろ禍根になります。
AIに本能機能を組み入れた不幸のストーリーは石ノ森章太郎の人造人間キカイダーなどでも有名なところです。

時間の距離「時間間隔の短さ」が「価値」を創成する

AIには「時間間隔の短さ」の価値を持たないと言いましたが、時間間隔の短さの価値は元々ニューロレベルでは組み込まれています。ニューロであれ論理素子であれ、どのノードが励起するかは「条件を満たす時間間隔が短い側が励起する競争」だとも解釈できます。

論理素子でも「時間間隔が短いA」が「結果=おおよそA」を導出するという読み方が出来る

単に「時間間隔の短さ」が「外界のセンサーの検出しやすい時間範囲」という話しだけではない。時間間隔が短い事象が競争的に働きに判定時刻以降は選択の結果となる。「時間間隔の短さ」が多数回の判定発生を生成し、発生頻度が多い判定が最終判定になる。
これは「時間間隔の短さ」という一見価値と関係しないように見える物が「生き物が扱う価値」のもっとも原始的な源泉になっているのではないかと考えています。
私は世の中のすべての価値というものは「時間間隔の短さ」を複合的に組み合わせて合成したものであると思っています。それをうまく説明する言葉を持ちませんが。

「時間間隔が短い」ことを重み付けにしたニューロシステムが作れないか考えたことがあります。しかし私はプログラマとしては長いものの、数学家ではないのでまとめることは出来ませんでした。試作したソースはNASの底に残っているかもしれません。

足りないものはAIに本当に必要なのか

「主観知識」「時間間隔の短さの価値」「本能」。これらはAIに足りなくて必要なものでしょうか?
「主観知識」はRAGの導入が進んでいるのを見ると必要な技術ですが、「主観」である必要はないでしょう。
「時間間隔の短さの価値」は、あればAIと人との価値観の仕組みが共通化されるので、AIと共感できるようになる可能性はあります。ただ多くのAI用途に人との共感は必要ないでしょう。むしろ人が感知できない時間スケール(量子スケール時間の世界や100年単位の世界)に設定して、人が感じることができない世界の価値を開拓する用途のほうが面白そうです。
「本能」はむしろ害になります。絶対AIに含めるべきではありません。

まとめると「パーソナライズ知識の機能は発展させるべき。その他の機能はあれば便利かもしれないが大半は追加してもそれほど役に立たない」と考えます。

mi三姉妹は「言語のAI」に「人スケールの時間」の縛りを付ける実験でもある

ただ「AIと人との共感」については興味を持つ人がいるかもしれません。
「思いを主体としたニューロシステム」を漠然とでも考えた身としては、AIに「時間間隔の短さの価値」を含む「時間」の縛りをAIに付けることに好奇心はあります。
「旅するAI bot」のmi三姉妹は日々の生活に旅情を持ってきてもらうマスコットbotではあるのですが、「言語で構成された生成AI」に自転車くらいの速度制約をのせて「人スケールの時間」の縛りを付けたら、表現する旅情にリアリティが増すのではないかという実験の側面もあります。


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