5/5、6 、7

 5・5

 今日は風邪だと嘘をついて彼女との約束をなかったことにしてしまった。ごめんなさい。でも、感じたことがあったんです。それを書かなくちゃいけない、文字にして書き起こしておかないと、僕はそのことをすぐに忘れてしまうのだ。彼女との会話もすぐに忘れてしまっていつも怒られる。その会話も録音して後で書き起こしたいくらいにひどく忘れがちなのだ。


 5・6

 ゴールデンウィーク最終日、江戸の戯画展に行ってきた。歌川国芳を筆頭に北斎や耳鳥斎、暁斎が描く戯画や鳥羽絵が展示されていた。彼らは当時の社会を滑稽に描き、時には政治を風刺した。天保の改革によって弾圧を受けた国芳はその知恵を活かして、社会を風刺するメッセージを込めた絵を描いた。今回の展覧会でやはりというべきだろうが、僕は今回の目玉である、国芳が描いた金魚の絵に心惹かれた。昨年は猫展で国芳の猫への愛情を深く感じたが、今回は滑らかな曲線で描かれた金魚が擬人化と同時に魂を吹き込まれ、絵の中で金魚たちがその場面を生きているように感じた。本当に、僕が絵の中の金魚に話しかけると、返事が返ってきそうだった。金魚が人のような生活をする空間がそこにはあった。他の絵にも心が動くものがあったが、やはり1番魂を感じたのが金魚の絵だった。国芳の金魚への愛があり、彼の愛が金魚の魂を生み出したのだと思う。愛やはり大きすぎるのだ。


5・7

 ゴールデンウィークが終わり、大学に行かなくてはいけない。結論から言うと、学校には行かなったのだが……

 どうも、僕には意志の力が欠けているらしい。僕は今日、学校はおろか買い物にすら行かず、家で何をすることもなく、朝日が昇る頃から日が沈むまで、いや、沈んでからも何もせずに人生を無駄にしていた。せめて、買い物に行ったり、本を読んだり、刺激を受けなければ。そう思えば思うほど体は動かず、心には罪悪感が積もってゆく。それでも、何もしない。ほとほと自分には愛想が尽きる。何かやれば、何も考えずにまず行動することが望ましい。わかっている。頭ではわかっている。こんなこというと「それは分かっているつもりなだけだ」と言われてしまうのは目に見えているが。

 僕はひどく弱い人間だ。スティーブンスピルバーグは映画レディープレイヤーワンの中で「現実がすべてだ」と言った。僕は僕の部屋という現実と隔離された世界を作った。僕一人だけのバーチャル世界だ。このバーチャル世界ではだれの干渉も受けない。そんな僕だけの世界でも僕は自分の理想を追求しない。現実から逃げるためのバーチャル世界の存在がより一層現実を突き付けてくる。現実がいつも付きまとい僕は何もできなくなる。

 それでもお腹はすくし、眠たくもなる。僕は現実にしか生きていないのだ。他人とのつながりの中でしか人は生きられないのだ。アダムとイブでさえ一人きりにはなれなかった。自分の世界をどう作っていけばいいのだろう。現実と自分だけのバーチャル世界は共存することが出来るのだろうか。それができるとしたら、それは自分の好きなことを極めることでしか成しえないのではないか。自分の世界でどれだけ叫ぼうとも、現実では何も変わらない。

憂鬱日記と題するにふさわしい内容です。お許しを。

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