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稀人ハンターがキッズキャンプを開催してみた!そのレポートをプロに書いてもらったぞ!


都心から2時間、親子で楽しむ「稀」な旅「稀人ハンターサマーキャンプ Vol.0」


ヤギの大群を追いかけて

まだ暑い8月のある日の涼しげな森のなか。木々のあいだから差す光が気持ちよく、近くを流れる小川のざあっという音も心地よい。それでも滝のような汗が止まらないのは、私が4歳の娘を背負いながら坂道を早足で登っているからだろう。目の前を進む、ヤギの大群を追いかけて。

十数頭のヤギたちが、坂道を駆け登っていく。おいしい草を目掛けて先頭を走るのは元気の有り余る若いヤギたち。お腹に赤ちゃんがいる母ヤギは、大きなお乳を揺らしながらゆっくりと。『アルプスの少女ハイジ』の一場面に入り込んだような錯覚をおぼえる風景だ。

そして、ハイジやペーターのようにヤギと進む子どもたちは、ヤギの背中を触りながら興味深く観察している。大人たちも興奮気味に、転がるヤギのフンを避けながら歩く。私は列の一番後ろから、彼らを追いかけた。

大きなオニヤンマが、すいーっと横を通り過ぎていく。誰もが信じられないはずだ、ここが“東京”である、と。

サマーキャンプ1日目、旅のはじまり

時は遡り、前日の午前9時。私たちはJR中央本線・西武鉄道多摩川線の通っている武蔵境駅の前にいた。稀人ハンター・川内イオさんが過去に取材した場所を巡る「稀人サマーキャンプ」に参加するためだ。今回はお試し版ということで、イオさんの知り合いのなかで手を上げた6家族、4歳から11歳までの子どもを含めた14人が集まった。

「稀人」とは、ライターであるイオさんが“発見”した「規格外の稀な人」のこと。ニッチな業界で活躍する職人や、常識はずれな方法で活路を見出したビジネスパーソンなど、記事を読むたびに「そんな人がいるのか!」と驚くような人たちばかり。この旅では、どんな人や場所に会えるのか、わくわくしながら車に乗り込む。

「これから向かうあきる野市までは、1時間半ほどです。みなさん、車に乗ってくださーい!」

イオさんの声かけで、ハイエースとミニバンの2グループに分かれて出発! 今回の開催地は、東京都あきる野市。都内に暮らす親子が気軽に参加できるように、とあえて近場で旅程が組まれた。一般的にサマーキャンプというと、バスで長時間移動しなければならなかったり、新幹線で現地集合したりするものも多い。まだ小さな子どもや乗り物酔いしやすい子にとって、都心から2時間ほどで行けるサマーキャンプは魅力的だ。

車が走り出すと同時に、ポツポツと降っていた雨がザーザー降りになった。あいにく、台風が来るらしい。ただ、「あいにく」と思っているのは大人だけのようで、子どもたちは「雨を浴びたい!水たまりで遊びたい!」とわくわく顔。こんな日に外に出られることのほうが非日常を味わえているようだった。

宿に向かう道すがら、地元のスーパーに寄ってお昼ごはんを調達する。天気がよければ近くの公園でピクニックの予定だったが、宿で食べることに。

この宿が、すごかった。

「ついたよー」という声で車を降りると、目の前にあったのは2軒の古民家。もともとお寺として使われていた建物だそうで、大きな庭つきでかなり広い。ドアを開けると、土間になっている調理場、20畳以上ある広い畳の部屋、そして奥にはレトロなタイルのお風呂場がついていた。

今回参加した7人の子どもたち

「わあ!トトロみたい!」

荷下ろしをそこそこに、引っ越してきたばかりのさつきとメイのようにドアというドアを開けてみる。子どもたちが一通り駆け回ったあと、縁側に出て「やっほーーーーーー!!!」と叫ぶと、小さくこだまが返ってきた。こだまを聞くのなんて、いつぶりだろう。いや、子どもに「しずかに!」と言わなくていい環境自体、久しぶりな気がした。

思う存分はしゃいだら、お昼ごはんを食べながら自己紹介。参加者の建築家、あきこさんが作ってきてくれた「旅のしおり」をみんなで開いて、それぞれの名前や趣味などを紹介していった。もちろん、子どもたちも自分の言葉で。「好きなことは『名前を変えること』です!この旅では、新しいニックネームで呼んでください!」と宣言し、「そうなの?!」と親を驚かせている子も。子どもの新たな一面が見えてくる親子キャンプらしさを感じながら、稀人サマーキャンプは始まった。

素敵すぎる旅のしおり

大人のほうがヒヤヒヤな洞窟へ

天気予報によれば、雨がひどくなるのは夜になってからとのことで、イオさんが企画した1日目の“稀な”場所、『大岳鍾乳洞(おおたけしょうにゅうどう)』へと向かった。

大岳鍾乳洞は、東京都天然記念物に指定されている、全国でも珍しい「私営」の鍾乳洞。1960年に田中雄嘉造(おかぞう)さんの手で、文字通り「掘り起こされ」たものだ。それがどれほどすごいことなのかは、稀人ハンターが書いた記事「都心から90分の大岳鍾乳洞で地球内探訪。異界のラビリンスへ、ようこそ」を読んでみてほしい。

私たちが挑戦したのは、記事内でイオさんが挑戦したのと同じチャレンジャーコース。子どもたちもヘルメットをかぶって、いざ! 暗闇のなかへ!

なかに入った瞬間、ひやっと肌寒さを感じる。外が蒸し暑かったので、冷たい空気が気持ちよかった。ところが、数分も経つと(主に大人たちの)息が上がり、身体が温まってきた。上って下りて、くぐって、また上って……この鍾乳洞のチャレンジャーコース、なかなかキツイ! 水に濡れた足元に気をつけつつ、頭上にも気をつけなければいけない。

取材時の話をイオさんから聞きながら進むと、ひとりでは見落としてしまいそうな部分にも気が付くことができる。記事の冒頭で書かれている、イオさんが引っかかって動けなくなった小さな穴もなんとかクリアしながら前に進んだ。

大柄なお父さんも挑戦

子どもたちは説明を聞くよりも洞窟を進むことに興味津々で、道順が書かれた看板を確認しながら「あっちだ!」「いや、こっちにも道がある!」と叫ぶ姿は、探検隊さながら! あっという間に先に進んでしまい、息の上がった大人たちが取り残される構図となった。

鍾乳洞のなかに生えている植物を観察

ようやく外に出ると、あんなにうんざりしていた蒸し暑い空気にホッとした。出られた……。「おそいよー!」「僕たち、あっという間に出られちゃったんだからね!」と、高揚した表情の子どもたちに自慢された。

「子どもは『もう一回!』と言うけれど、大人は『一回でいい』と言うらしい」と、イオさんが言っていた意味が、身を持って体験できたのだった。

カレーと花火とスイカ、夏を詰め込んだような夜

宿に戻ってのんびりと過ごしたあとは、待ちに待った夜ごはんだ。台風を考慮してBBQの予定を急遽変更し、カレーを作ることに。宿にあった大きな鍋2つを使い、甘口と辛口を作る。「こんなに大量のカレー、家では作らないね」と、キャンプらしさを感じる。

みんなで手分けして調理

子どもたちは、部屋の中で好き好きに過ごした。ひたすら走り回る子、寝転んで漫画を読む子、カレー作りを手伝う子。今日初めて会ったはずなのに、兄弟のように追いかけ合う子たちもいる。

広々とした部屋でリラックス

カレーとサラダがテーブルに並んだら、「いただきます」! みんなで作って、みんなで食べるカレーは、どうしてあんなにおいしいんだろう。普段は少食だという子も、親が驚くくらいぺろりとカレーを平らげた。全員が一度はおかわりし、あんなに大量に作ったカレーは、ほんの少し残った程度だった。

ごはんも食べて、お風呂も入って、普段なら寝るところ……だけど、サマーキャンプの夜はここからが本番!

実は、昼食を調達したスーパーで、真っ先に子どもたちの目に入ったのが花火だったのだ。「台風でできるかわからないけれど……」と念のために購入しておいた大袋を取り出すと、子どもたちが一斉に群がった。彼らの願いが届いたのか、ちょうどよく雨は上がっていた。

大興奮の子どもたちは、我先にと火の取り合いになるかな、と心配していたがまったくそんなことはなく。小学生のお兄さんお姉さんが、小さい子に火の付け方を教えてあげたり、一緒に手で支えてあげたり。お互いの花火から火をもらい合う子どもたちは、煙に包まれながら火花で目をキラキラ輝かせていた。

一方で、大人たちは縁側に座りながらビールを開けた。最高の夏の夜である。冷やしておいたスイカも登場し、大人はビールとスイカ、子どもは花火とスイカを手に夜がふけていく。

スイカも花火も残りの数が少なくなってきた頃、ふと夜空を見上げると都会では見ることのできない星空が広がっていた。夏の虫の声が聴こえたのは、こどもたちが線香花火に集中している一瞬の出来事だった。

サマーキャンプ2日目、まずは豚を追いかける

朝ごはんは、ホットドッグだった。建築家・あきこさんのアイディアで、牛乳パックでつくる「カートンドッグ」というものに挑戦したのだ。作り方は簡単で、コッペパンにソーセージやチーズを挟み、アルミホイルで包んで牛乳パックに入れて火をつけるだけ。可燃性の牛乳パックがみるみる燃えていき、コッペパンがあっという間にホットドッグに仕上がる仕組みだ。

小さく火を起こして、準備ができた人から牛乳パックを焼いていく。子どもたちも自分で好きな具材を入れられるので楽しそう。用意する具材によってはさまざまなアレンジが楽しめるメニューだ。昨晩のカレーを挟むアイディアは、多くの人が取り入れていた。BBQ用に買っておいたマシュマロの登場に、ちびっこが興奮したのは言うまでもない。

ホットドッグを食べ続ける子もいれば、早々に食事を終えて探検に出かける子も。近くの川を見に行ったり、虫を捕まえたり、自然のなかで遊びは尽きない。台風は過ぎ去り、鳥のさえずりが気持ちの良い朝だった。

荷造りを終えて、宿を後にした私たちが最初に向かったのは、豚のいるカフェ『pignic farm&cafe』だ。マイクロ豚と戯れることができるカフェで、30匹をこえる豚が私たちを出迎えた。柵で囲まれた小さなカフェエリアに入ると、豚だらけ! 人馴れしている豚たちは、子どもたちが追いかけ回してもへっちゃらで、もっと撫でてと言わんばかりにおなかを見せて寝転がっている。

「撫でてあげて気持ちよくなると、背中の毛が立つんだよ」

スタッフのお姉さんに教えてもらった子どもたちが、近くにいた豚の背中を撫でてみる。「豚の毛って意外と固いんだね!」と発見があったり、「足の上に乗られると重たい!」と嬉しそうな顔をしていた。

子育てする人にこそ、稀人との出会いを

稀人サマーキャンプ2日目は、実はアニマルデー。豚と思う存分に触れ合ったあと、一行は「ヤギと暮らす稀人」のもとへ。イオさんが以前取材した稀人、堀周(ほり・いたる)さんは、脱サラして養沢ヤギ牧場を立ち上げ、ヤギを育てながら、その乳でチーズをつくる職人だ。堀さんのヤギと触れ合い、チーズを食べながらお話を伺うのが、今回の稀人サマーキャンプの目玉イベントだった。

「ここの葉っぱ、ヤギにあげてきていいよ!」

到着早々に堀さんが渡してくれたのは、モミジの葉がたくさんついた枝だった。囲いのなかにいるヤギに差し出すと、むしゃむしゃと勢いよく食べる。あっという間になくなってしまうので、子どもたちは何度も枝とヤギを往復していた。ここにいる20頭近くのヤギを、堀さんはひとりで世話しながら、チーズ作りもしている。

ひたすらヤギに葉っぱをあげる子どもたち

ある程度ヤギと触れ合ったところで、堀さんの指示のもと全員が敷地の外に。山道を少し登ったところで後ろを振り返ると、堀さんがヤギと一緒にドドドーッと牧場から飛び出してきた。あまりの衝撃に、まるでスローモーションのように見えたこの光景が、私は今も忘れられない。リアル・ペーターが、あきる野市にいたのだ。

ヤギたちは、いつもの散歩コースに慣れているようで、私たちをあっという間に追い越して坂道を登り始めた。一緒に駆け出す子どもたち、急いで追いかけ始める大人たち。ゆるく長く続く坂道を、ヤギたちは草を探しながら進む。崖になっているところもギリギリまで進み、器用に目当ての草を食べていた。

およそ40分ほどの散歩を終えて、牧場に戻ってきたら堀さんがチーズの試食を用意してくれた。小休憩。1つあたり1000円のチーズは、年間2000個作っても売り切れてしまう人気商品。今回は贅沢にも、試作品も含めて3種類の食べ比べをさせてもらった。参加者のなかには、ヤギの乳で作られた「シェーブルチーズ」が初めてという人も。

「実は『ヤギの乳』と聞いて、匂いやクセが強いものを想像していたんです。こんなにクリーミーで甘いなんて……」

堀さん作のシェーブルチーズ

最初の一口で偏見を見事に打ち破るほど、堀さんのチーズは食べやすく、それでいてコクがあった。作りたてのものはモチッとした食感で食べ応えがあり、熟成したものはとろりととろける。同じチーズと聞かされなければわからないほど、違う顔を持つチーズだ。感想を言い合う大人たちとは対照的に、子どもたちは無言で次々に手を伸ばしていたのが、おいしさの証拠。

「どうして、ヤギを飼ってチーズを作ろうと思ったんですか?」

誰もが気になる質問がどこからともなく飛び出して、そこからは稀人への質問タイム。チーズを囲みながら、ヤギに囲まれながら、堀さんの話を聞いていく。堀さんがどうしてヤギと暮らし始めたのかは、稀人ハンターの記事「脱サラしてヤギを飼い、チーズを作る。東京生まれのシェーブルチーズはいかが?」を読んでほしい。

気がつけば、子どもたちはヤギに夢中になっていて、テーブルを囲んでいるのは大人たちだけになっていた。しかし、それでいいんだとイオさんは言う。

「子どもたちはもちろんだけど、実は親たちにこそ稀人に会ってほしいと思っていたんだよね。子育てをしていると正解を求めてしまいがちだけれど、今は正答がない時代。試行錯誤しながら自分の道を見つけた稀人の話は、子どもを育てる人たちにきっと良い影響になると思った」

たしかに、堀さんの経験は今まで聞いたことのない話ばかり。自分はどうやって生きていきたいのか。その問いにまっすぐに向き合い、堅実に行動に移してきた堀さんの話は、子どもを育てる親としても、自分のキャリアや生き方について考えるひとりの大人としても、刺さるものがあった。

子どもと一緒に来ているからか、「子どもにもこんなふうに自分らしく生きてほしい」と考えながら聞いている自分に気がついた。大きな可能性を秘めている人生を、どう使うかは子どもたち次第。その選択肢を増やしたり、サポートしていくことが子育てなんだと、刺激と勇気をもらえる贅沢な試食会だった。

堀さんと子どもたち

未来をつくる2日間の旅

堀さんの家のとなりに流れる小川に、子どもたちはジャブジャブと入っていった。せっかくなので、解散前に川遊びをすることにしたのだ。思いっきり飛び込む子、おそるおそる歩く子。本当にいろんな子がいる、それでいいんだと、稀人の話を聞いたあとだからか考えていた。

残っていた体力をすべて使い切った川遊びで、サマーキャンプは終了。駅に向かう車の中には、この2日間で初めての静寂が訪れた。こどもたちはみんな口を開けて寝ていて、大人だけが「楽しかったね」と小声で言い合う空間は、濃厚な一泊二日を噛み締めるのに、ちょうどいい時間となった。

山の景色からだんだんと、都会の色が濃くなっていく。そういえば、ここは東京だったんだ。

数日後、稀人サマーキャンプが、子どもたちにとってどれほど刺激的な2日間だったかがわかる報告が次々と集まった。

「この2日間だけは、夏休みの絵日記があっという間に埋まったみたい」

「鍾乳洞を自由研究のテーマにしていました」

「子どもと選んだ写真で、アルバムを作ってみたよ」

「ヤギの絵を描いて、家族に見せていた」

なかには「将来の夢が変わりました!」という子もいた。今まで考えていたケーキ屋さんは週末の副業にして、動物に携わる仕事がしたいという。豚に乗られたときの嬉しそうな笑顔や、熱心に子ヤギに葉っぱをあげていた姿が浮かんだ。たったの2日間の経験だけれど、こんなにも子供たちの未来を作り出しているのだ。

お土産に買ったシェーブルチーズを食べながら、彼らのなかから未来の稀人が生まれるかも、と考える。どんな仕事をするにせよ、枠にとらわれず自分らしく生きていってほしい。洞窟のひやりとした肌寒さ、みんなで寝転んだ畳の匂い、ヤギと走った坂道の木漏れ日。五感を使って、いろんなことを考えた夏の2日間は、きっと子どもたちの人生の一部になっていく。

自然のなかで過ごし、動物と触れ合い、稀な大人に会いに行く。子どもにとっても大人にとっても特別な夏休み、それが「稀人サマーキャンプ」だった。
(テキスト:ウィルソン麻菜 写真:ウィルソン麻菜、川内イオ)

お寺の住職にしかみえない僕

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