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お母さんのドロップキック!「……私モデルやろうかな」

母さんは唐突に言った。

「・・・私モデルやろうかな」

うちの母さんは黒木瞳だ。
そんな人なら、朝食のブレッドに無添加の苺ジャム塗りながら、優しく微笑みこう言うだろう。

「母さんがモデル? うん、いいんじゃない」

でもね。 うちの母さんは、御年56歳。
千葉のチベットなんていわれる辺鄙な地に住む、普通のおばちゃんです。

おれはそのとき、歯を磨いていて脳にはシャカシャカ音が響いていた。
だから、聞き間違いかと思った。
いや、思いたかったのかもしれない。

は?

そう聞き返したおれに、my mother said.

「いや、だからモデルやろうかなって言ったのよ」

どうやら、母さんがパートで勤めている某ダイエーが某産業再生機構によって潰されるらしい。
その後の身の振り方を考えて、日曜の求人チラシを読みながらの発言であった。

でもね、母さん、どうしてダイエーのパートからモデルに転身するの?

困ったような悲しいような、でも笑いたいような、友達の前でうんこを踏んだときのような気分で曖昧な笑顔を浮かべるおれに母さんはこうたたみかけた。

「あ、でもパートちゃんと辞めてからじゃないとダメか。モデルの仕事かぶっちゃったら大変だもんね」

母さん、あんたすっかり売れっ子気分かよ。
モデル登録したら、年に103万円を超えない程度しかしてないパートとスケジュールがバッティングかよ。

家族のご意見番、家庭の井筒監督であるおれは、容赦なく切捨てた。

登録したってそんなにすぐ仕事くるわけないじゃん。

「チラシのモデルとかけっこう仕事あるみたいよ。演技は恥ずかしくてできないけど、モデルなら私もできるわ」

母さん、誰からチラシモデルの情報仕入れてきたのよ。
ていうか、誰もあなたに演技をしてって頼んでないわよ。

…そっか。 おれは力なく呟くしかなかったよ、Brother.
姉と妹しかいないけど、Brother.

けど、そんなおれを尻目に母さんの興味は moving very fast。

「ちょっと、今日○○スーパー特売日じゃない」

どうやら、
 
ダイエーのパートから華麗に売れっ子チラシモデルに転身

のサクセスストーリー、いやむしろ悪夢は去ったようだ。
おれはほっとしたと同時に、無性に腹が立ってきた。

おい、産業再生機構、頼むから近所のダイエー潰すんじゃねぇ!
うちの母ちゃんが、再生不能になっちまうだろっ!
ねぇ、母さん。

2006年の僕 in Mexicoです。

※19年ほど前、個人ブログに投稿した記事を転載したものです。ブログ閉鎖の危機を感じ、こちらに転載。


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