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バツイチの女、童貞となる。

離婚してから、恋はさっぱりだった。
男はもうたくさん。1人でいた方が楽。
一から関係を構築しなくてはならないし、喧嘩も面倒だ。

結婚なんてした日には、年末年始にどちらの実家に行くとか、義両親にお伺いを立てるとか、そんなことに気を遣わなければならない。ストレスから解放されて、これからは犬と2人きりで生きていくのだ。
ずっとそう思っていた。

しかし、働いていると多くの出会いがある。

数打ち当たれとはよく言うが、社員数が多いほど当然出会いの分母も大きい。働いていれば不倫がこの世からなくならないのも納得がいく。

新しい仕事を担当した私は、ある男性と関わるようになった。初めは文面のやり取りだけだったのだが、いつも親切で物腰が良く好印象だった。

「どんな人なんだろう。」

のちに顔を合わせる機会も出てきたのだが、顔がドンピシャでタイプだった。
「あっ、私のタイプってこういう顔なんだ」と、自覚するほどに。

今まで「もう結婚はしない」とか「男はいらない」などと言っていた言葉は霧のようにサラッとしれっと消えた。前言総撤回である。
私は彼の左手薬指を確認し、指輪がないことを確認した。

ヨシッ

しかし、あまり雑談をするタイミングもなくそのまま時間は過ぎていった。気になるだけで何の進展もない。気になる人ができても、他部署だとなかなか難しいなと思った。
そうこうしているうちに季節が過ぎ、私は転職することになった。転職を決めた時には彼のことは「ただ少し気になる人」レベルだった。

ある時、他部署と合同で行なう作業があった。私が物を探してよそ見をしながらウロウロしていた時、すぐそばから視線を感じた。
彼がこちらをガン見している。挙動不審な私を観察していたのだろうが、彼と目が合った瞬間私の中の時間が止まった。世界に色が広がり、プリクラのフレームのごとく視界の四隅に花が見える。顔が良すぎる。顔が良すぎる。顔が良すぎる。

「あぁ〜っととと…ちょっと物を探してましてぇ〜…」
蚊が飛ぶような声で言うと、彼はそこへ案内してくれた。
このやり取りを境に私は完全におかしくなった。廊下ですれ違うだけでも「わぁぁ!」となってしまう。目が合っただけでこんなに人を好きになることがあるのか。

仕事中、コンビニに間食を調達しに行った時のこと。お菓子を眺めていたら近くに男性がいたのだが、よくよく見たら彼だった。
普段だったら「おっ!どもども!何買うんですかぁ?」なんて軽〜い挨拶ができるのだが、彼だと分かった瞬間私は走ってコンビニから逃げ出していた。

…離婚して色恋がご無沙汰になっている間に、私はどうやら童貞になったらしい。おかげで田園都市線の略称「DT」が「童貞」にしか思えなくなった。

バツイチ童貞女の恋の結末

私は毎日爆発しそうだった。彼のことをすごく好きなのに、なかなか関係を進展させるきっかけがなかったからである。
せめて既婚者でないかどうかをきちんと確認したかった。指輪をしていないから独身だという判定は危うい。なぜなら実際同じチームにそのような男性がいるからだ。彼に聞きたかった。「何で指輪しないの?」と、キレ気味に。

指輪がないことは以前一度確認済みだが、変わりないかどうか。改めて薬指を見ようと試みるも、席が遠かったり、至近距離に来た時たまたま手をモゾモゾしていたりしてなかなか目視できずにいた。
たったこれだけの作業にこんなに苦戦するなんて…

私は勝手に思いを爆発させていることに限界を感じ、1人だけ仲の良い子に相談した。
「実は◯◯さんが気になってて…」
すると、彼女も一緒に既婚かどうか調べてくれることになった。こういう時自分の好きな人だとなかなか上手く行動できないが、人のことだと大胆に動けるものだ。彼女はあちらの部署に何の用がなくともズカズカと侵入して行った。
そして後日報告が。

「指輪、してますねぇ…」

ガッカリというよりスッキリだった。本当は心のどこかで察していたからだ。
というのも、最初に彼女にこの話をした時、表情が曇っていたのだ。特に「前に見た時は指輪してなかったんだけど」のところで。

お察しポイントはもう一つあった。彼は毎週一回早帰りする日があるのだ。病院に行くには遅いし、習い事のために早帰りできる空気の職場でもない。たとえば、保育園のお迎えならしっくり来る。
友人からは「英会話とかやってんじゃない?!」と励まされたが、英語が得意なタイプにも見えないし、何なら日本語もイマイチだった。

こうして私は自分の気持ちに蓋をし、心の奥底に沈めることにした。この世で1番つまらないもの、それは既婚者の男である。まともな感性だろ?人のモノ引っ掛けるのサイコー!とはならないのだから。

最終日、彼は出社してなくて会うことができなかった。退職メールを送ると、律儀に返事が。彼はいつも返信がまめで、そういうところも好きだった。
メールには「残念です」とあった。社交辞令と分かっていてもそれだけで嬉しかった。もう会うことはないだろうけど、これでよかったはず。既婚者だらけの職場で、自分の好きな人も既婚。そんな地獄にいる必要はないだろう。(だから辞めるわけじゃないけど)

また恋ができる、それも童貞のようなピュアな心で。この恋は実らなかったが、そう分かっただけでも私にとっては大きな前進だったと言える

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