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空中で弧を描く身長180cmの大男

今思えば、私の忠告を何一つ聞かない人だった。
「ほら見たことか!」と何度言っただろう。

嫌なところがあまり見当たらない元夫だったけど、唯一気になっていたのはそういうところ。話し合いの大事な場面でもそうだし、日常の些細なことでも私の制止を振り切って怪我をする。
"怪我をする"とは基本的に"痛い目を見る"という意味合いなのだが、一度だけ身体的に大怪我をしたことがあった。

結婚する前、私たちはよく近所の川沿いを散歩した。
運動がてら長距離歩くこともあったのだが、ある時「何か変化がほしいな」と思い、キックボードを買うことに。晴れた日に「使ってみよう!」と言って、2人で散歩しながら交代でキックボードに乗った。

私は小心者なので、こういう時説明書を熟読するタイプ。ブレーキはどうやるのか、どういう道では乗ったらダメなのか。注意事項を全て読み込む。
特に重要なのは「下り坂で乗らないこと」のようだ。なぜならそれに関してはキックボード本体にも「坂道厳禁」といった注意書きがあったから。

キックボードでスイスイと進むのは気持ちよくて、「こりゃ良いね!」と言いながら交代で乗っていた。ただ、思ったよりもアナログな乗り物で、気をつけないと本格的に転びそうだなとは思った。
すると、私が小さな不安を抱える一方で、元夫がニヤリと悪い顔をして言った。

「ちょっとそこで乗ってみる。」

土手から河原までの小さな坂だった。10mぐらいだっただろうか。
私は全力で止めた。「坂道危ないって!やめなよ〜」と。それでも元夫は
「大丈夫だって!ちょっとだから!」
そう言って急発進。

「あ〜あ…」

そう思いながら坂を下る様子を見守った。すると、たった少しの距離でもかなりのスピードが出て「あっ」と思ったのも束の間。

元夫はブレーキをかけたが、キックボードが体重に耐えられず前に傾いてしまい、体が空中に投げ出された。身長180cmのデカい男が宙を舞い、地面にベシャッ。私にはこの瞬間がスローモーションに見えた。

何が起きたか理解するまでにワンテンポかかったが、「ちょっと!!」と言って、起き上がらない元夫の元に駆け寄った。

コンクリートの上だったので血まみれ。近くで見ていた女の人にも「大丈夫ですか?!」と心配させてしまうほどに。
「だ…だいじょぶだぁ」と言いながらムクリと起き上がった。普段ならこの人が志村けん風に喋ることはない。これはやはり大丈夫ではない。

ずいぶんと遠くまで来てしまっていたので、家に引き返すには遠かった。かと言って救急車を呼ぶレベルではない。私たちはそのまま駅まで歩くことにして、血まみれのまま30分ほどある道のりを歩いた。
すぐドラッグストアに行き、消毒液とキズパワーパッドの大判を買った。私は文句を言いながら手当てした。

「なんてバカなのよ!」

この日から私の普段の持ち物の中にキズパワーパッドが追加された。

ちなみに元夫は離婚する時にこう語っていた。
「これからは新しいことに挑戦してみようと思う。バイクやってみたいから、免許取ろうと思うんだ。」

男って本当に学ばない。

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