見出し画像

高円寺

 17時、家を出る。電信柱と電信柱を結ぶ鉄線もこの時間だけはオレンジ色を背景に美しいシルエットを描く。
家賃4万円の城と引き換えに歩かなければならない駅までの20分はヘッドホンがあれば苦ではない。THE NOVEMBERSのアルバムを頭から爆音で流す。アルバイトは1時間に1080円が口座に入る。生きるために働いているが、働かなければかからない費用もあると思うと手を止めたくなる。けれど働くために生きているとは思いたくなくて、言葉を遺す。心地良いように音に乗せて。

 僕にとっての音楽は言葉の録音だ。負け犬が事実だけを見たくない時、事実の代わりとなる言葉と音を記録している。表現しなければならない瞬間があった、などと言えば聞こえはいいが、要するに事実を受け入れやすく装飾し、満足しているだけだ。僕の抱える不安は原理的に満たされ得ないものなので、それは刹那的に・感覚として・なんとなく和らげるしか対処の仕方がない。即ち、それっぽいことを言ってわかった気になりわかられた気になる。それが僕のやっていることだ。

「何を考えているかわからない男は、何も考えていない。」
 Twitterで流れてきた女性向けのコラムを見て、昔付き合っていた女性に同じことを言われたのを思い出した。当時僕はものすごく不安になり、曲を書く気が起きなくなった。その後しばらくして、浅野いにおが「意味がわからないからこの作品には意味がない」と言われたことがあるというインタビューを見て、僕はまたスタジオに行くことにした。久々に行くとギターの川澄に殴られた。殴られても仕方がなかったのだが、痛くて、僕は壁を殴りながら川澄を睨みつけていた。誰も何も言わないまま練習は再開された。

 別に誰にもわかってもらえなくてもいいはずだけれど、痛みは残るのだ。わかってもらえていると錯覚したままでいたい。そうでなければ僕は何も遺すことはできないだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?