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アート・コレクターと税制ーマイ・ルール構築に向けて #4-3 美術品を手放す~特殊な譲渡編2

「アート・コレクターと税制」のシリーズは、アート・コレクションをするうえで知っておくべき経済的側面、とりわけ税制の整理を試みるものだ。自分なりのコレクション・ルールを持ちたいという方にヒントになるような内容になればよいと思いスタートした。詳しくは#0アート作品を買うということをご参照のこと。

前回 #4-2美術品を手放す~特殊な譲渡編1 ではアート作品をタダまたは低額で譲渡する場合に生じる一般的な課税問題を整理した。とりわけ、みなし譲渡所得課税の制度などの存在は、現物寄付の気持ちを実行段階で抑制させる効果が考えられる。課税負担を気にせず気持ち良く作品を譲り渡し、寄付先に有効に活用してもらう方法はないのだろうか?そこで、今回は特殊な譲渡編2として、特定の相手先・方法を選択することによって、課税上有利な条件で作品を移転し得る幾つかの方法を紹介していきたいと思う。

1、個人から国、自治体への作品寄贈

(1)所得税非課税
現行制度上、国や自治体への作品の寄贈は前述のみなし譲渡所得課税の対象外だ。したがって、作品を無償で譲渡しても譲渡側で課税問題が生じることはない。例えば、自治体直轄の文化施設に対しての寄贈話がまとまれば課税の心配はない。(相手方で受入体制があるかどうかや理想的な形で作品を活用して頂けるかどうかはもちろん別の問題である。)

(2)寄付金控除
また、国、自治体への作品寄贈は、現物寄付として「寄付金控除」の対象となる。ここで「寄付金控除」とは確定申告における所得控除の一種で次のように計算される。

★①②のうち、いずれか低い金額-2千円=寄附金控除額

①その年における特定寄附金の合計額
②その年の総所得金額等の40%相当額

ここで①の「特定寄付金」に算入される金額は「取得費+譲渡費用」で計算される。従って、その年の他の所得を含めた総所得額が大きければ大きいほど、その40%で計算される限度枠を増やす結果となる。言い換えれば、より大きな額の作品寄贈が実行しやすくなるということだ。仮に総所得を1,000万円とすれば②は400万円。①では「取得費+譲渡費用」400万円分までを特定寄付金に集計でき、★の計算式に沿って399万8千円までは寄付金控除額に算入することが出来るというわけだ。

「寄付金控除」に伴う節税の効果は、「寄付金控除」×所得税率(+復興税率)で計算される。実際には所得税は累進税率が適用されるが、仮にこの例で寄付金控除反映前の課税所得を800万円と仮定すると、80万円以上の節税効果が見込める計算になる。

なお、寄附金控除を受けるためには、確定申告において、寄付先団体の発行する寄附金受領証(領収証)の提出又は提示が必要となる。

※なお、法人が国、自治体に作品を寄贈する場合には、時価で譲渡したかのように譲渡益相当額を益金認識したうえで、時価相当額を寄付金として全額損金算入することができる。

2、個人から公益法人等への作品寄贈

(1)一定の要件を満たせば所得税非課税(租税特別措置法40条)

公益社団法人、公益財団法人、特定一般法人( 法人税法に掲げる一般社団法人・一般財団法人のうち、一定の要件を満たすもの )、その他の公益を目的とする事業を行う法人( 社会福祉法人、学校法人、国立大学法人、宗教法人、独立行政法人、特定非営利活動法人など )への作品寄贈については、以下のABCの要件を満たし、Dの承認手続を踏めば、みなし譲渡所得課税を回避し、所得税非課税で作品の無償譲渡が可能だ。(これら条件付で所得税非課税となるという意味で1の国、自治体への寄贈とは取り扱いが異なる点に注意が必要だ。)

A 寄附が教育又は科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与すること。

B 寄附財産が、その寄附日から2年を経過する日までの期間内に寄附を受けた公益法人等の公益目的事業の用に直接供され、又は供される見込みであること。

C 寄附により寄附をした人の所得税の負担を不当に減少させ、又は寄附をした人の親族その他これらの人と特別の関係がある人の相続税や贈与税の負担を不当に減少させる結果とならないと認められること。

※Cの要件を満たすためには以下のa~dの全てを満たす必要がある。

a 公益法人等の運営組織が適正であるとともに、その寄附行為、定款又は規則において、理事、監事及び評議員のいずれにおいても、そのうちに親族関係がある人及びこれらの人と特殊の関係がある人の数の占める割合を3分の1以下とする旨の定めがあること。

b 寄附をした人、寄附を受けた公益法人等の理事、監事及び評議員もしくは社員又はこれらの人の親族及び特殊の関係がある人に対し、施設の利用、金銭の貸付け、資産の譲渡、給与の支給、役員等の選任その他財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えないこと。

c 寄附を受けた公益法人等の寄附行為、定款又は規則において、その公益法人等が解散した場合の残余財産が国若しくは地方公共団体又は他の公益法人等に帰属する旨の定めがあること。

d 寄附を受けた公益法人等につき公益に反する事実がないこと。

具体的な承認手続は以下の通りとなる。

D 寄付日から4か月以内に寄付者の納税地の所轄税務署長に「租税特別措置法第40条の規定による承認申請書」を提出し、国税庁長官の承認を受けなければならない。

A~Dについては実務上様々な留意点があるが、文字数、読みやすさを考慮し、ここでは割愛する。

(2)寄付金控除

(1)で所得税非課税承認を受けた寄附(措置法40条の寄附)についても寄付金控除の対象になる。寄付金控除の計算式は1(2)同様下記の通りとなる。

★①②のうち、いずれか低い金額-2千円=寄附金控除額

①その年における特定寄附金の合計額
②その年の総所得金額等の40%相当額

※「特定寄付金」に算入される金額は「取得費+譲渡費用」で計算される

 寄附金控除を受けるためには、確定申告書時に寄付金受領証の提出または提示が必要となるが、寄付先団体の種類によっては、当該団体の法人種類を証明又は確認する書類が合わせて必要だ。

※法人が公益法人等に作品を寄贈する場合

 法人が公益法人等に作品を寄贈する場合、譲渡益相当を益金とし、作品の時価に当たる金額を寄付金とし、そのうち全部または一部を損金とすることが出来るが、全部を損金と出来るのはいわゆる【指定寄付金】(財務大臣が指定する寄付金)に該当するもののみである(ただし前述の国、自治体への作品寄贈は除く)。特定公益増進法人(独立行政法人、公益社団法人、公益財団法人、社会福祉法人、学校法人で一定のものなど)の主たる目的である業務に関連する寄付にあたる場合には以下の損金算入限度枠の範囲内でその一部を損金算入出来る。

(1) 株式会社などの資本がある法人が寄贈する場合

①一般枠の損金限度枠>(期末資本金等×0.25%+寄付前所得×2.5%)×1/4
②特別枠の損金限度枠>(期末資本金等×0.375%+寄付前所得×6.25%)×1/2

①②の合計が損金限度額になるので、例えば期末資本金1億円、年所得5,000万円の株式会社であれば、210万円程度まで損金算入が可能ということだ。

(2) 一般社団・財団法人、NPO法人などの資本がない法人が寄贈する場合

①一般枠の損金限度枠>寄付前所得×1.25%
②特別枠の損金限度枠>寄附前所得×6.25%

①②の合計が損金限度額になるので、例えば年所得1,000万円のNPO法人であれば75万円程度まで損金算入が可能ということだ。

上記の通り法人からの寄附は基本的に制度上は積極的に奨励されておらず、損金算入枠は極めて限られた枠にとどまる形だ。

なお、法人がこれらの寄附を損金算入するためには「寄附金の損金算入に関する明細書」(別表14(2))の添付の他、その寄附金の性質や寄附先を証明できる書類の保管が必要である。

まとめ

個人から国、自治体、一定の要件を満たす公益法人等へ作品を寄贈する場合には所得税非課税で作品譲り渡しが可能となる他、確定申告上寄付金控除の対象と出来る余地もある。これらの制度が効果的に活用出来れば、税負担を回避しながら作品の譲り渡しが可能となる場合もある。ただし、細かい適用条件の充足や控除幅はケースバイケースとなるし、受入側との交渉や調整も必要となるため、周到な準備が必要となる。

もしも、上記のような無償譲渡が難しいとなった場合、相続対象財産を構成するなど、子息や次世代への作品継承が難しくなる側面もあるだろう。そこで次回以降は、相続における美術品課税における基本的な考え方と、相続税非課税となる特例的取り扱い、美術品評価などについて整理していく。
#5 -1美術品を引き継ぐ~美術品相続の考え方 へ


                                                                                Artwork by Nobuyuki OSAKI
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