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「 アート・コレクターと税制 ―マイ・ルール構築に向けて 」#0アート作品を買うということ

 筆者はアート領域やカルチャー、クリエイティブ領域の会計・経営面のサポートを通じ、多様な文化活動や経済活動の促進に貢献することを目指している。スタートアップ・ベンチャーはじめ、都市や地域における価値創造を担うべき事業体の経営支援、個人のアーティスト・クリエイターなどの会計・税務サポート等も行っている。

 今回noteでアート分野にフォーカスした記事を書いてみようと思う。アート分野にフォーカスした記事は多数存在すると思うが、アート・コレクターやファンの経済的意思決定、それに関係する税制の仕組みを全体的に整理したものがあまりないように感じたためだ。

#0 アート作品を買うということ

 アートを巡る経済行動には様々なものがあるが、アート・ラバーズにとって、アートを鑑賞するという行為だけでなく、アート作品そのものを購入し所有することは、それへの愛情を示す代表的アクションの一つだ。

なぜアートを買うのか

なぜアート作品を買うのか。そこには各々固有の動機があるだろう。

― ある人は、新しい作家と出会い、同時にまだ見ぬ新しい世界との出会いを噛みしめるために。ある人は、その表現への興奮や作家へのリスペクトを「所有」という行為を通じて体現するために。またある人は、その作家との「繋がり」を意義ある形で構築し、あるいは作家の継続的活動を下支えするべく。もしくはある人は、その作品の「面白さ」を自ら社会に伝えるべき使命感に駆られ、同時にそれを自らの「自己表現」とし、または人生の一部とするために、「買う」のかもしれない。ー

アートの価値について

 もちろん、アート作品もまた経済学的に見れば、「財」としての特徴を持つだろう。財には一般に「使用価値」、「交換価値」がある。

・使用価値:使用者にとっての効用(主観的な満足度、充足される欲求)。
・交換価値:他の財と交換する際の相対的価値ないし市場価値。

 「使用価値」とは、その使用者がその財を使用することによって得る効用(主観的な満足の度合い、充足される欲求)の大きさである。ここで使用とは、単に商品としての機能を消費する、という狭義の意味以上のものであると想定すれば、少しわかりやすいだろう。

  また、「交換価値」とは、他の財と交換する場合の交換量といった意味合いを示す相対的価値のことであり、貨幣経済下では「価格」として表現されるものだ。交換価値のことを市場価値と呼ぶこともある。

 取引が成立する際の「価格」は需要と供給の関係で決まる。アート・コレクターが少ない日本で開催されるオークションでは、相対的に低い価格で取引が成立することも多いことだろう。

 古い年代の作家の作品の取引価格を決定づける要素として、美術史における位置付けや、その希少性は極めて重要な要素のはずだ。今を生きる作家については、批評家による評価、キュレーターやミュージアムの振る舞い、それに対する反響などをも伴いながら、生成し変化する「作家」の社会的評価は、ある種のムーブメントをもたらしながら、作品の取引成立時の「価格」に少なからず影響を与えるだろう。価値付けに貢献するのは、作家自らであり、あるいはギャラリストであり、キュレーターであり、批評家であり、作家を支えるファンたち、そして文脈や時代の空気のようなものを含めた、もっと広い意味での「社会」である。

 アートの美術的価値生成プロセスは複雑だ。そうした価値を巡っての議論、あるいは需要者にとっての使用価値や、作品の交換価値に与えるであろう様々な影響についての議論は、本記事の主題ではない。

マイ・ルール構築に向けて

 本テキストは、アート作品をどのように買い、所有し、あるいは引き継ぐのか、アート作品にかかわるコレクター側の意思決定について、マイ・ルールを構築するにあたり少なからず影響するであろう経済的側面、とりわけ税制に着目して整理することを目的とする。読者は、アートには美的価値を含め様々な社会的価値があるということを当然に認め、自ら当事者としてそれらを愛する個人を想定する。

 アート作品は数万円からでも購入できる。もちろんアートを楽しむための行為は、「購入」「所有」だけではない。日本国内及び世界には、たくさんの素晴らしいミュージアムがあり、常設展・企画展があり、それらを低価格であるいは無料で鑑賞できる。また、さらに言えば、当然ながら狭義の(ビジュアル)アート作品といわれるもの以外にも、素晴らしい文化・芸術が無数に存在している。例えば、それは劇場、音楽ホールや映画館、ライブハウスや各種フェス、公共空間やまちの至るところで、あるいは各種メディアやインターネット空間ないし自然の中で存在するものかもしれない。人々は日々それらを楽しみ、それらから刺激を受けることができる。

 しかし、アート作品を直接「購入」したり「所有」するという行為は、時に主体に与える経済行為としてのインパクトが大きいゆえ、その経済的特性を踏まえて、長期的な振る舞いのデザインを考えておくことがより有益になる。税制もそこに関係してくる。

 日本国内のマーケットがまだまだ未成熟であることを考えると、国内において(国外もだが)投機的動機でもって短期的売買を繰り返すといったことは、なかなかに難しいはずだ。おそらく購入者の中心は、アートが好きで、アートを自身の生活や環境下に置きたい、作家を支えたい、日々を豊かにしたい、と願うアートファンたちだ。

 視点を変えて、アート作品の財としての使用価値の中には、より実利的なものもある。例えば、店舗展開する事業経営者が自身の店舗に飾る彫刻を購入する、それによりブランドの世界観を表現し、店舗の空間価値を向上させる、医院を開業した医師が、クリニックに飾る絵画を購入する、それにより患者を楽しませ、クリニックの空間価値を向上させる、といった具合だ。これらは直接にビジネスにプラスの影響がある投資だ。

 しかし、そうしてアート作品を買うことを始めた購入者たちの多くは、次第にアート・ラバーになっていく。日々の中にアートが溶け込んでくる。

 人によっては、作品の市場価値が購入時の10倍、100倍になることもある。そうして、アートをコレクションしたり愛しむことを愛好しながらも、他方で長期的投資として楽しむという方法をも見出すケースもあるだろう。しかし、もちろんそれはハイリスクな投資であることを覚悟しなければならない。「アート作品」をどのように買うか、あるいは時に手放すのか、といったマイ・ルールは自身の手で見つけていかなければならない。本記事はそうしたマイ・ルール構築にあたってのヒントの一つとして役立つものであれば嬉しい。

 次回はアート作品に関係するコレクターの経済行動を概観し、それぞれの局面における税制の全体像を俯瞰していく。→ #1アート・コレクターの経済活動と税制 
                                                                                

                                                                                Drawing by Takashi Horisaki
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