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第2章-4 (#10) 透明な壁[小説]34年の距離感 - 別離編 -

「俺、死んじゃいたい」

 朔玖さくの呟きが、透明な壁を突き破って不意打ちに飛んできた。幽霊の話なんかしていたからかな? 思わず口から溢れてしまった。気づいたときには言葉にしてしまった。そんなふうに見えた。

 朔玖がいなくなったらわたし困るよ。毎日朔玖に逢えることが嬉しくて。それを支えに学校に来てるんだから。好きな人が死にたいくらい思い悩んでいるというのに、最初に浮かんできたのは「わたし困る」だよ。どこまでわたしは利己主義なんだろう。

「幽霊になっても学校に来てね」

 ナンダコレ?

 ふつうは「どうしたの? 何か悩んでるの? よかったら相談にのるよ。死にたいなんて言っちゃダメだよ」こんなふうに心配するもんなんじゃないの? わたしは、朔玖の死にたい気持ちを、とてもじゃないけど否定なんてできなかった。だってわたしだって、生まれてきてよかったなんて思ったことないから。

 死にたいなら死んだってかまわないけど。朔玖がどこの世界に存在してたってかまわないけど。わたしは朔玖に逢いたいんだよ。ただ朔玖に逢いたいんだよ。

 朔玖は「ふっ」と小さく笑ってこう答えた。

「うん。幽霊になっても学校に来るよ」

 目が合った。なんだか恥ずかしかった。照れてはにかんだ顔を隠すように、思わず大げさに笑ってしまった。朔玖も笑っていた。

「さくぅ。そろそろ部活行くよぉ」

「おぅ。わかったぁ」

 朔玖は透明な壁の向こうに戻っていった。

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