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3.11.2021

このnoteを書き始めたのが2021年3月11日の0時00分。
「あの日」から10年たった。

宮城県の沿岸部に住む12歳の少女だった私が、22歳の大学生になるほど時が流れた。


この10年、何があったか振り返ってみると「激動」という言葉がしっくり来るような気がする。


読む人も限られてるだろうから正直に話せば、辛い思いもした。
周りの大人や友人を信じられなくなった時期もあった。
PTSDになり、感情のコントロールがうまくできない時も過ごした。


けど、そんな人生の暗黒期と呼んでいる数年間の後には
少しずつでも着実に自分の人生を歩めるようになった自分がいた。

SOK・TOMODACHI・交換留学・上智進学・海外インターン・OYW...

あの時には名前も聞いたことのないような活動の数々に参加して
たくさんの素敵な人たちと出会っていい方向へ導いてもらってきた。

最近、ある人に「あなたほど心が綺麗な人いない」と言ってもらった。
褒められたことをは素直に受け取るタイプだし、彼女からいただいた嬉しい言葉を否定するわけではないが、私はそんな子じゃなかった。

人並みに性格は悪いし、愚痴も言うタイプだった。

しかし、マイナスのエネルギーの世界よりも、褒めあって、素直に素敵な点を言い合える人たち、いわばプラスのエネルギーを持つ人といる方が人生幸せだと気づいたきっかけがあった。

「あの日」とは関係のない話に逸れてしまったが、
決して辛いことばかりではなく「あの日」があったことで、本当に人に恵まれた10年だったと伝えたい。

人間性善説なんて知らなかった私が、
「あの日」をきっかけに出会った数えきれない人たちのおかげで
自分の人生を、生きていて最高に楽しい、幸せ。と思うようになった。


大学以降に出会った人には色んな意味で驚かれるが
これが私です。と包み隠さず堂々としていられるのも
多くの経験をさせてもらったからだと断言できる。


「あの日」をきっかけに心を塞いでしまった12歳の少女は、
たくさんの人によって助けられ、夢を持ち、世界を知り、
今22歳になって次は自分が誰かのきっかけになりたいと活動している。



…………………………………


ちょうど10年という節目だからこそ、例年よりもメディアが力を入れているのがうかがえる。
「あの日」の映像が繰り返し流れることで、悲しい気持ちになる人もいるだろうし
「あの日」からの辛い経験を思い出してしまう人もいるかもしれない。
東北に住んでいなかった人たちも東北に思いを馳せてくれていたり、
もしくはメディアの過激とも取れる報道に複雑な気持ちになる人もいるかもしれない。


決して、暗い気持ちにならないでほしいというのが私の思いだ。

起きてしまった過去は変えられないし、自然災害という予測不可能な出来事に逆らうことはできないのは事実。

しかし、人によってスピードは違くても、
東北は前に進んでいる。
復興の達成度や人々の心の傷の深さは異なるけど、
東北は立ち上がっている。

「あの日」を教訓に、日々を大切に生きている。

自粛ムードが漂いがちな今日だが、
あなたが「東北も頑張ってる」と
少しでも思いを馳せてくれたらそれで十分だと私は思う。


「この日」があなたにとって、東北という地域やゆかりのある人に想いを馳せる日になりますように。



ここ数年この日に投稿しているnoteですが、
今日は「マリコも生きてるぞ。」をテーマに
自分的には長すぎない文を書いたつもりです:)

それでは!






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