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顧客インサイトを獲得するために重要な「コンテクスト」を美術史で理解する

Goodpatchのデザインリサーチャーをしている村上と申します。

この投稿はGoodpatch Design Advent Calendar 2023の5日目の投稿です。他の記事もぜひ読んでみてください!


私は普段デザインリサーチャーとして様々な業界の顧客インサイトを探るためリサーチ、主に探索型と呼ばれるリサーチを担当しています。

リサーチの分析をする際に、実はリサーチの対象者を理解するのと同じくらい重要なものとして対象者の行動のコンテクストの理解があります。私自身も最初にデザインリサーチやUXデザインを知った際に、コンテクストと聞いて分かったような分からなかったようなところがあるのですが、知れば知るほど学生時代に学んでいた美術史の分析と通じるところがあるなと感じるようになりました。

実務に全く役にたたないと勝手に思い込んでいた大好きな美術史の考え方が実は今の仕事(顧客理解)と共通していることが嬉しかったので、コンテクストについて改めてご紹介すると同時に美術史の楽しさもシェアできればと思っています。

「アート=感性」みたいなイメージがありますが、実はロジックを組み立てることや分析が好きな人も楽しめる世界です。アートはよくわからんと思っている方も、作品ごとのコンテクストをなぞりながら理解する楽しさを知ってもらえると嬉しいです。

コンテクストとは

コンテクストという言葉は文脈、状況、背景という意味合いで使われることが多いです。文学作品におけるコンテクストなど色々と種類はあるので網羅的にコンテクストの種類を挙げる試みは今回はせず、顧客理解のための調査においてよく使用するコンテクストを今回は取り扱います。

今回取りあげるコンテクストは大きく分けると3種類。

時間のコンテクスト、身体・空間のコンテクスト、枠組みのコンテクストです。そのうち、時間のコンテクストは歴史文脈の2種類についてご紹介します。

時間のコンテクスト

文脈的コンテクスト

まずは一番イメージしやすいかもしれない時間のコンテクストです。特に文脈的コンテクストは顧客志向デザインの中でカスタマージャーニーとして可視化されることが多いのでイメージしやすいかもしれません。

さて、さっそくピカソのキュビズムを用いた絵画を例にとってみましょう。

Pablo Picasso. Woman with a Mandolin. 1910, Museum of Modern Art, New York.

このようなキューブが集まったような絵画手法をキュビズムと呼ぶのですが、キュビズムの絵画を見た時に「天才の考えはよく分からん」とつい考えてしまいませんか。キュビズムという手法は、実はそれ以前のアート手法の文脈を知ることによって理解することができます。

ピカソのキュビズムよりも前の時代では、いわゆる写実的な絵画が良いとされており、印象派の時代などを経て少しずつ崩されるような変化はしたものの、いまだに絵画はキャンバスの平面さを感じさせないもの奥行きを感じさせるものが良いとされていました。その考え方に反発するように、本当のリアルとはなんなのだろうか?人間が見ているものは本当はどういう見た目なのだろうか?キャンバスの平面性を隠すことはリアルではなく平面性を際立たせること自体がリアルなのではないか?という問いからキュビズムのような表現が発見されていったと言われています。

遠近法は使われていないので、いわゆる自然な奥行きは全く感じられず、バラバラとしたキューブの断面の連続がならんだ表現はおおよそリアルとは言えないように思えます。しかし、なんとなく描かれている物体が何をあらわしているのか推測できるようなレイアウトになっているのは人間のバイアスが働くギリギリを巧妙に計算していると言えるでしょう。人間が実際ものを見ているときは実はこのような断面を取り込んでいて、頭の中で補正して処理した上で今自分たちが見ていると思い込んでいるもの(=写実的な絵画の表現しているもの)が投影されているのかもしません。そういった意味ではキュビズムの絵画で見ているものは写実的な絵画よりもリアルであると言えるでしょう。

このように、分析しようとしている事象の前後の文脈を知ることによって新しい解釈を得ることができます。

リサーチをするときも、実際のターゲットとしている事象だけではなく、たとえ無駄のように思えても必ず前後に起こっていることも理解できるような設計にすることを大事にしています。

歴史的コンテクスト

次は歴史的コンテクストの例です。

今回の例で分析するのはロイ・リキテンシュタインとジグマー・ポルケの二つの絵画。どちらも1960年代の作品で印刷時にできるドットが特徴的な絵画なのですが、お互いの歴史的コンテクストを踏まえるとそれぞれが異なる狙いで描かれていることが理解できるようになります。

まずは、リキテンシュタインの絵画です。

Roy Lichtenstein. Reverie from 11 Pop Artists, Volume II. 1965, published 1966, Museum of Modern Art, New York.

リキテンシュタインはアメリカで当時急速に進んだ大衆文化・大量消費社会をテーマとしたポップアートというムーブメントの作家の一人です。リキテンシュタインの作品の特徴はコミックをテーマとして扱っていて、コマを大きく引き伸ばしたことによって際立つ印刷ドットを均一に表示している手法にあります。大量消費社会においてオリジナリティとは何か、表現とは何か、と考えさせられます。

一方、今度はポルケの作品をみてみましょう。

Sigmar Polke. Bunnies. 1966, Hirshhorn Museum, Washington D.C.

こちらも同様に雑誌か何かの印刷物を拡大したようにみえます。しかし果たしてリキテンシュタインと同じことを問うている作品なのでしょうか。ここで歴史的コンテクストを取り入れてみましょう。

リキテンシュタインは先述の通りアメリカのアーティストですが、ポルケはポーランド生まれでドイツで活動していたアーティストです。1960年代というと、一番大きな影響を与える歴史的コンテクストは第二次世界大戦後ということでしょう。アメリカとドイツの戦後の立場の違い、またその影響からくる経済的状況の違いも大きく二人の考え方の違いに影響を与えています。

そのコンテクストを理解した上でみるとポルケの選んだバニーガールのモチーフはザ・アメリカという感じのプレイボーイをあえてモチーフとしているのではないかと推測されます。そのバニーガールは、近づけば近づくほどデフォルメされて少し恐ろしくさえ見えてしまうような独特なドット使いがされており、アメリカの大衆文化への批判的な意味合いとも読み取れます。

歴史的背景の補足としてポルケのアーティスト人生も振り返ってみると、ポルケはキャリアの初期に仲間と共にドイツ版ポップアート、Capitalist Realism(資本主義リアリズム)というムーブメントを立ち上げています。しかしポップアートといえども、ドイツからみたアメリカの大量消費文化は資本主義社会の贅沢とでも言うのでしょうか、派手な大量消費文化を皮肉ったような意味合いで描いていたのではないかと想像できます。実際に当時ポルケはアメリカの広告に出てきそうな食べ物を頻繁にモチーフとして取り入れており、子供のお絵描きですか?というようなある意味ふざけた表現で描いているあたりにも彼のアイロニックな意思を感じ取ることができます(ただその後も生涯を通じてポルケの作品の多くはおちゃめで遊び心がたっぷりだったりするので本人のスタイルでもあるかもしてません)。

このように、歴史的コンテクストを知らずに見ると似たようなことを同じ時代に表現しているように見える作品が実は異なる立場から、異なるメッセージを表現をしていたことがわかります。

リサーチにおいても、表面的な情報だけでは分析せずに過去の歴史なども踏まえて分析をすることによってより本質に近い解釈ができるようになります。

身体・空間のコンテクスト

次に取り扱うのが、身体・空間のコンテクスト。
身体という言葉をここに入れたのは、現場にいかないと理解できない身体知のような体で理解することがこのコンテクストには含まれているからです。

さて、まず1点目はエルグレコのこちらの作品。

El Greco. The Immaculate Conception. 1607–1613, Museum of Santa Cruz, Toledo.

なんだかバランスがおかしく、ゆがんで見えませんか?これは実は計算されたゆがみなんです。実際には教会の高い位置に設置されるものであったため、下から見上げてちょうど良い描き方になっていたとされています。

このように実際の空間にいかないとなぜそのような表現になっているのかが理解ができない作品も多くあります。

別の例としてはリアルな作品の場に自分の体を持っていかないと本当の意味でもスケール感を体感できない作品が挙げられます。

例えば教会などの建築物は写真で見てもその迫力の半分も伝わりません。自ら足を運んで教会の目の前に立つ、教会の中に入って初めて「これは確かに崇高な存在を信じたくなるわ」という圧倒的なパワーを体験することができます。

Sainte-Chapelle. Paris, France. (UnsplashのJamieson Gordonが撮影した写真)  

そのほかには、ドラマなどのおしゃれな部屋にレプリカとして飾られていたりするマーク・ロスコの絵画もリアルでみると身長よりもかなり大きなカンバスに描かれており、対峙することにより画面にぼやーっと吸い込まれるように宗教的な体験ができるとされています。崇高さとも言われていますが、レプリカの縮小されたサイズでは体感することができなくなってしまうため、こちらの作品も本当の意図された効果を体験するためには実際のスケール感で絵画を観る必要があります。

Mark Rothko. Untitled. 1953, Museum of Contemporary Art, Los Angeles.

リアルで観た時に、逆の意味でのスケール感を体験できる作品は、有名なダリの絵画です。

Salvador Dalí. The Persistence of Memory. 1931, Museum of Modern Art, New York City.

ダリの絵画は画像でみるとスケール感が大きいのですが初めてリアルで絵画を目の前にすると「ちっさ!」とびっくりすると言われています。なぜか、画像をみると実際のサイズよりも大きいキャンバスを想像しちゃう不思議なスケール感も魅力の一つと言えるでしょう。

身体的・空間的な状況も実際に体験してみないと正しく作品を理解・解釈することができない場合があります。リサーチをする上でも、テーマに応じては現場に出向いて自らの身体で環境を体験することを大事にしています。

枠組みのコンテクスト

次は枠組みのコンテクストです。

とても有名なマルセル・デュシャンの『泉』を例としてあげたいと思います。

Marcel Duchamp. Fountain. 1917, photograph by Alfred Stieglitz at 291 art gallery following the 1917 Society of Independent Artists exhibit.

1917年、デュシャンは誰でも参加費を支払えば作品を出展できるという展覧会にそこらへんで購入した男性小便器にR.Muttというペンネーム的なサインをいれて出展しようとしたのですが、拒否されてしまいます。実はデュシャンはこの展覧会の審査員でもあったため、主旨に反すると運営側に講義をして結果審査員も辞退してしまうという事件を起こした有名な作品です。作家が制作していない既製品であっても「作品」に作家がサインをし、展覧会という場にアートとして展示されればそれはアートという枠組みとしてとらえ得る物になるのか、それともそれはあくまでも日常の大量生産されているツールにしかなり得ないのか。改めてどういった条件を満たすことによってばアート作品はアート作品たり得るのかという問いを考えさせられるできごとです。

この事件の数十年後に、概念(アイディア)を表現として取り扱うコンセプチュアルアートというムーブメントが起こりますが、デュシャンはコンセプチュアルアートの父とも呼ばれています。数十年後なのでだいぶ時代を先取りしすぎたようです。

枠組みの定義を捉え直して分析することはリサーチにおいても頻繁に行います。リフレーミングとも呼ばれたりしますが、上記の例で言うと男性小便器が男性小便器にしかみえないうちは「たいしたことみつからなかったね」としか感じられないのですが、思考の枠組みを変えるだけで新しい発想につながるインサイトにつながったりもします。

おわりに

今回はコンテクストを活用することが分析にどのように役立つかを説明させていただきました。Goodpatchで探索型リサーチを行う場合は、扱うテーマに応じて様々なコンテクストを踏まえた上で深い洞察が得られるようにリサーチの設計をしています。

デザインリサーチにおけるコンテクストをわざわざ美術史を使って説明するというかなり回りくどい内容になっていますが、美術史又はデザインリサーチのどこちらかへ興味をもっていただく機会になれば嬉しいです!

Goodpatchのデザインリサーチについてもっとしりたいと思ってくださった方はぜひこちらも読んでみてください。


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