タイトル未定 3




タイトル未定タイトル未定2 の続きです。



***


ごめん、汚いけど。どうぞ。


そう言われて上がらせてもらった彼の部屋は、海岸から少し歩いたところのアパートの二階。一人で暮らす男の人の家に来たのは、いつぶりだろうか。思い出せない。大学時代はよくサークルのメンバーやらと誰かの家に集まってオールをして、なんてこともあったけれど、同棲を始めてからは変な責任感が生じて、そういう機会を避けるようになった。別に行ってもやましいことがないなら責められる理由もないのに(というか言及してくるような人ではないのに)勝手に控えるようにしていた。


でも今夜はきっと違う。いや、きっとじゃなくて、はっきりと分かる。私たち二人は今この部屋に、どこかやましい気持ちで入室してしまった。紹興酒のアルコールと鎌倉の夜風に背中を押されて。


私が東京にも拠点を残しながら鎌倉との二拠点生活をしていること、東京では同棲をしていること、それら全てを知られた上でのお誘いだった。知られているのに、知っているはずなのに。でも私も私で、着いてきてしまった。あぁ・・・


散らかった衣類を彼が片付けるのを横目に、少し酔いが覚めてきたのか、私は徐々に冷静になった。後悔するんじゃないか、今からでも帰るべきなんじゃないか。でもまぁひとまず「手洗うね」と一声かけて、洗面台を借りた。歯ブラシが2本並んで置いてあったりなんかしたらどうしよう、と少しドキドキしながらキョロキョロしていると、小さな化粧水が一つ、置いてあるのを見つけた。予感的中、とまではいかないけど、当たった。そして、変な安心感を覚えている自分がいた。


なんだ、他にも女の人、いるのね。


だったら同罪じゃないの、オーケーオーケー。なんて話でもないはずなのに、この化粧水のおかげで私は帰るという選択肢を物の見事捨てることができた。


気持ちが割り切れたところで、私は見慣れないベッドに、知らない肌に、溶け込んでいった。首筋や肩など、普段触られることがない場所に触れてもらって。いつもと違う言葉を少しかけてもらって。私は「違う」人に「抱かれている」ことを改めて実感していた。


違う匂い、違う心臓の音、違う時と空間。惰性でなんとなくしている行為ではなく、抱く抱かれるという意思疎通と合意があって、私たちは今ここにいる。私を女として見ている人が、目の前にいる。見てくれている、見られている。そのことを噛み締めながら、誰の眼を気にするでもなく、私は気持ち良くなっていった。私、見られたかったんだ。




***



翌朝は平日だったので私も早く帰って仕事の準備をしないと、で慌てて飛び出した。見送られることも特になく、次の予定を立てることもせず。連絡先だけは交換して、アパートの階段を駆け降りた。




昨夜、あれだけ食べて飲んで、満たされたはずだったのに、帰り道を歩いていると、鎌倉の朝の澄んだ空気でお腹が空いてきた。鎌倉は朝の街。(と私が勝手に思っているだけ)雑居ビルに入っている台湾料理屋さんに寄って、お粥の朝ごはんを食べることにした。



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お粥のまろやかな甘味とピータンの塩気とが、じんわりと喉を通っていく。温かいお茶で流し込みながら一息ついて、冷静になる。私は、何をしているのだろう。してしまったのだろう。




***



家に着いたときには、マナミはもう既にいなかった。マナミの部屋を覗き込むと、さっきまでそこにいたんじゃないかと思うくらい綺麗に布団が起きたままになっていて、洋服やらなんやらも散らかっていた。昨夜は飲み会だと言っていたから、もしかしたら酔っ払って帰宅し、寝坊寸前で慌てて出勤したのかもしれない。だとしたら、私がいないことには気づかず布団に倒れ込んでいたかもしれない。いずれにせよ、私が昨夜帰ってきていないこと、どう説明しよう・・・



などと悩みながら日中の仕事をこなし、マナミの帰りを待った。19時過ぎ、ガタッと玄関から音がし、マナミが帰ってきた。そして私を見つけるなり、一言。


ちょっと〜!昨日、何があったの〜!
はい、話して話して〜!


やはり気づかれていた、そりゃそうか。夜ご飯を準備し、食卓につき、一通り落ち着いたところで話し始めた。途中までは驚くほどにスラスラと話せていたのに、段々と言葉が詰まってくる感じが自分でもわかった。私、何がしたかったんだろう。どうなりたかったんだろう。最後の方はうまく言葉にできず、「まぁうん、こんな感じ・・・」と歯切れの悪い締め方をした。終始笑顔で頷きながら聞いてくれていたマナミが、沈黙を解くように口を開いてくれた。


今夜さ、東京帰ったらどうかな。
ちょっとドタバタだけどまだ電車もあるはず。


この状態の気持ちと身体では、このまま此処で眠れない。私もそう思っていた。マナミのその一言に後押ししてもらい、私は荷物をまとめ、一人駅へ向かった。帰ったらどんな言葉をかけるのか、かけられるのか。どんな気持ちになるのか、何を感じるのか。何も分からない。とりあえず、帰ろう。帰ってから、考えよう。



帰ろう - 藤井風

あなたは灯ともして
わたしは光もとめて
怖くはない 失うものなどない
最初から何も持ってない

あなたは弱音を吐いて
わたしは未練こぼして
最後くらい 神様でいさせて
だって これじゃ人間だ

ああ 全て与えて帰ろう
ああ 何も持たずに帰ろう
与えられるものこそ 与えられたもの




[つづく]


かもしれないし、
つづかないかもしれない。


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