見出し画像

毒にも薬にもならない猫の話

うちに猫がきて2年経った。ジェムと呼んでいるけど本名はちがう。秘密である。

生後5ヶ月で家に来たので子猫のフォルムを堪能できたのはほんのすこしの間だけだった。

ペットショップでは3匹いたロシアンブルーの中で唯一のメスで、瞳は黄色で、すこし鍵しっぽで、いちばん大きく、いちばん安い子だった。

そのまえに抱っこさせてもらった可愛らしいアメリカンカールの子猫はわたしの手からスルスルと逃げてしまい、とうてい飼えないと思った。値段を見たら三十万だった。くらくらした。

ジェムをはじめて抱っこしたとき、ジェムはぴんと背中をまっすぐにしていた。わたしは慣れない子猫をぎこちなく抱いて、ジェムもぎこちなく抱かれていた。お互いにとても緊張していた。

ジェムをうちに連れてくるとき、ペットショップのお姉さんは最後にたっぷりと時間をかけてジェムをぎゅっと抱きしめた。その光景が目に焼き付いている。

大人しい猫だと思いこんでいたけど、とんだ暴れ猫で後々たいへんな思いをした。

いまでは笑い話にできることもたくさんある。

年明けに避妊手術をしたときにあまりに元気が良すぎて術後の傷口が開きかけた。それにも構わずジェムは朝から晩まで部屋を走り回った。そのせいで1ヶ月ほど毎週通院した。

病気はしたことないけど、子猫のときは元気すぎて怪我ばかりしていた。

私はハムスターよりおおきな生き物を飼ったことがなかったので、ちょっとのことですぐに動物病院に行った。診察中は病院ちゅーるがもらえるので、ジェムは病院が大好きになった。

怪我以外にも、むしろそれ以上に悩んだことがある。分離不安症だ。どうやらペットショップにいた時間が長すぎたらしい。

ウールサッキングという布を食べてしまう症状が出たり、粗相の回数も増えた。仕事の休憩ごとに家にかえって様子を見に行ったりしていたけど、なかなか治らなかった。確か半年くらい続いた。

家に帰ってまずすることは、粗相の後片付けだった。いくつか寝具をだめにした。すこし精神的にまいっていた。

動物病院の先生がほんとうに親身になって話を聞いてくれて、とても救われたのを覚えてる。手紙をくれたり、解決策を一緒に考えてくれたりした。

解決の糸口は引っ越しだった。

春に実家にジェムを預けて出張に行ったときには症状が出なかったので、もしかしたら家の環境があってないのかも、と思った。

いろいろ物件を探して駅からは遠いけど静かな住宅街にキャットウォークのついた白い部屋のアパートを見つけた。引っ越してから今日まで1年半、分離不安の症状は全く出ていない。

ジェムは誰にでもよくなつく。誰のことも疑わない。好奇心旺盛で、はじめて見るものにも果敢に近づく。インターホンが鳴ったときだけ、カーテンの裏に隠れる。

猫は怒るとシャーというが、ジェムがシャーというのをほとんど見たことがない。今年ワクチン接種したときに、病院の先生に小さい声でシャーをした。2020年のシャーは、いまのところそれきり。

シャーはしないけど、慣れない匂いのものには猫パンチを繰り出す。はじめて会うひとはまず指先の匂いを嗅がせて、猫パンチを食らってもらって、そしてザリザリと指を舐めてもらったらすぐに仲良くなれる。

仲良くなったひとの膝にはすぐ座る。なかなかよくできた猫だと思う。

食い意地がひどく、子猫のときはよく人間の食べ物をとろうとした。一時期、ご飯は台所で食べてたくらいだ。いつの間にか分別がついて、わたしが食べてるものには手を出さなくなった。同じ部屋で食事ができる喜びは、おおきい。

 仕事から帰ってポイポイと服を脱いでソファに寝っ転がってテレビを見つめるとき、ジェムはいつもお腹に乗ってくる。肌に直に触れるふさふさの毛が気持ちいい。そうやって寝コケてしまうことが多い。

小さな獣と暮らすことで感じる小さな喜びや、できごと、わざわざ人を捕まえて話すようなことではない他愛のないことを、とりとめもなく話したかった。

この世の小さな獣たち、大きな獣、中くらいの獣、すべてに幸あれ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?