見出し画像

編集者なのに漫画も小説も読めなかった時の話

「いろんな作品読んでますね」と時々言ってもらえる。編集者としてはどうなのか分からないけれど(量とか質とか)、いつも漫画も小説もモリモリとたくさん読んでいると思う。

「いろんな作品読んでますね」と言われるたびに、私は嬉しい。
「はい、いろんな作品を読みます!」と答えたいのを我慢して「いやぁ、それほどでも~」とニヤニヤ笑ってしまう。(性格悪いな~)

嬉しい理由は、20代前半の約2年間、私は自分が編集者という職業にも関わらず漫画も小説もまったく読めない期間があったからだ。
なんだかその時期の記憶はおぼろげで、思い出そうとしてもしっかり思い出せないことの方が多い。

なぜそうなってしまったのか、理由はひとつではなくいろんなことが重なり合っていた。ただ、今になって分かるのは、身体も心もとことん元気がなかったのだ。

読めない、ということを自覚したのも随分後のことだったと思う。

何を読んでもつまらなく感じた。
しかも、おそろしいことに、私は自分の元気のなさが原因だと思わずに、「なんだかこれ、つまらない作品だな」と思っていたこと。作品のせいにするなんて、罪が深い。
そうやって本を開いては閉じ、閉じては開いて、を繰り返しているうちに読む気力がしぼんでいってしまった。

当時、実家で暮らしていたのだけど両親とどんな会話をしたのかも、まったく思い出せない。とにかく毎日疲れて帰ってきて、寝て、なぜか早朝に目が覚める。そして時々涙が出たりする。誰かが怒っていることは、ぜんぶ自分のせいだと本気で思っていた。

そうしてある日、本を読むことができないことに気づいて、編集者なのにって自分のことをすごく恥ずかしく思った。

漫画や小説が好きでこの仕事を選んだのに。
あんなに好きだったものが、こんなにも読めなくなる日がくるなんて。
だけど、その事実に向き合うことが辛すぎてあまり考えないようにしていた。仕事は騙し騙し、その場凌ぎの働き方をした。

漫画も読めない。小説も読めない。思えば、当時映画館に足を運ぶこともなかった。
じゃあ、私は何をしていたのか。

これは笑ってしまうのだけど、ただひたすら好きなアイドルのコンサートDVDを観ていたのだ。観る、というよりは眺めていた。
何も考えず、ただ画面の中でキラキラと笑っている彼らをみて、ときどき泣きたいくらい癒された。

そうやって1年とちょっと、生活していた。時の流れとともに環境はすこしずつ良い方に変わっていったと思う。引っ越しをしたり、周囲の人との関係性や、自分の考えも変わっていった。あと、好きなアイドルつながりで新しい友だちができたことも大きい。

ある日、本屋にアイドルの雑誌を買いに行ったら、たまたま太宰治の『ろまん燈籠』の文庫本が目に入った。なぜか分からないけど、一緒に会計をして読んでみた。やっぱり、半分も読めなかった。

でも、次の週には別の文庫本を買った。今度は半分読めた。たしか島崎藤村の『破壊』だったと思う。(なぜそれを選んだのか)
風邪をひいて熱が出て、会社を休んだときに本屋で『不滅のあなたへ』をまとめて買った。あっという間に読んで、グーグーのところで大泣きしてしまった。

再び、すこしずつ生活に漫画や小説が入ってきた。

当時私は実家を出て、祖師ヶ谷の安アパートに住んでいた。狭いけれど、すごく陽当たり良い部屋だった。その部屋で私は、今までの人生でいちばん多くの漫画と小説を読んだ。

ぜんぶ、おもしろかった。
おもしろいと純粋に思えること、ページをめくる手が止まらないこと、そのことに心が震えた。

物語を楽しむために必要なものは、ただひとつ、健やかな心だった。

もう3年前のことだ。
そして私は今日も、漫画を読み、小説を読み、いろんなエンタメを心から楽しんで、編集者として働いている。

あの読めなかった期間、自分のことをすごく恥ずかしく思っていたし、今でもそう思うこともある。
このことをこうして書くのにも、3年もかかった。それでも、あの時の自分に大丈夫だぞ!!!という気持ちで、このnoteを書いてみた。

大丈夫だぞ!!!大丈夫だ、私!!!!



「いろんな作品読んでますね」と言われるたびに、やっぱり私は泣きたくなるくらい嬉しい。読めることが嬉しい。おもしろいと思えることが嬉しい。好きなものを、好きでいられることが嬉しい。

そう思える心を、これから自分で守っていこうと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?