あたたかな水面に浮かび ショート・ショート2

 マサはこの夏、母から遠縁に預けると言われてやってきた。里子の約束が、児童相談所を介して結ばれていたのだった。棄てられた悲しみや恨みの原形が、ほんのひととき湧き上がったものの、そんなものを新世界にまで持って行けやしない。回る世間に目を回さないようにするのが手いっぱいだ。おまけに手荒らな歓迎も待っていたからおおわらわである。歓迎委員会は魚屋の息子で小学三年のスジ公と小学一年のトミである。マサは幼稚園中退である。


 関係ない話だが、鮭の卵を卵巣の膜もそのままに塩漬けしたのを筋子と言うが、売り物の瓶詰めをこっそり開けて、ひと掬いまたひと掬い舐めて家から出され「父ちゃん入れろ、なあ母ちゃんカゼ引いて死んでもしらんぞ」「カビをこそげるついでの一口くれえなんがいかんか言ってくりょ」という声が、深閑とした通りに響く夜があった。おかげで、魚屋は黴びる筋子を店頭に並べる悪党であるのがばれてしまったのである。少年はかえって名を上げスジ公と呼ばれている。トミはただ富男という名前で煎餅屋の息子である。煎餅を売っているのではない。しもた屋の奥で、朝から晩まで母ひとりで煎餅を焼く手内職なのである。父はいるが家へは寄りつかない。


  三人の立ち回り先は、砂かけばばあ、ガンマンの怨念、うなぎの生き血だが、サーガはすでに失われ独特の地名だけが遺っている。


 この日の朝は、スジ公からほんとうに納得のいく特別な提案があったのである。

「隣町との境の古川へは行っちゃだちゃかん。とくに中洲へは絶対渡っちゃだちゃかん」と言われたことはないかと皆に問いかけたのである。トミもそうは言われていた。


「ところがだ、なんか変でねえか」とスジ公は追っかける。言いつけを守れば古川へは行かない。行かない川の中洲へどうやって渡れるのかと論理的矛盾を突いているのである。だいたいに二国の境界河川の中洲では存亡の戦いが行われるものである。


「血の雨が降るときに、おれらが収めねえでどいつが収めるってえんだ」

 それで三人は、それ一枚きりのランニングシャツにパンツ、麦わら帽にひごのような竿を持ち、あぜ道のエンドウをちぎっては吹き鳴らし、マサにしてみれば、いつ果てることもなく風に靡く青穂の道を、果てしなく歩いたのであった。なにせ先では血の雨が降っているのだから緊張の面持ちである。   続く

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