ただ、それだけ。
ただ歩く。
ただそれだけが共通点。
そんな二人の話。
タダシさんは、歩く。
ただただ歩く。
どこかへ行きたいのか、何かがあるのか。歩きたいから歩くのか、わからない。
ただ、歩く。
ユミさんは、歩く。
ただただ歩く。
どこかへ行きたいわけでもなく、何かがあるわけでもない。歩きたいから歩く。
ただ、歩く。
性別も年代も、着ているものも、雰囲気も
まるで違う二人。
そんな二人が、ある日の夕方に出会った。
向こう側からタダシさん、こちら側からユミさん。涼しい風が二人の間を通りすぎる。
一瞬、目が合い、すれ違う。
ふと、ユミさんは何かを感じ、ふり返る。
タダシさんを追いかけるように、歩調を合わせ、声をかけた。
「こんばんは」
「あぁ、こんばんは」
戸惑う様子もなく、タダシさんがこたえる。
「お散歩ですか?」
「ん〜、まぁ。そんなところだね。ただ、歩いているんだよ」
笑顔は見えないけれど、機嫌はよさそうなタダシさん。
ユミさんはタダシさんに歩調を合わせ、ゆっくり歩く。
しばらく歩く。
二人の共通点は、ただただ歩いているということ。
二人は、一つ目の角を右に曲がり、二つ目の角を右に曲がり、三つ目の角を右に曲がり、四つ目の角を曲がった。
そして、二人が出会った道に戻って来た。
「そろそろ、帰りましょうか」
と、ユミさん。
「ん〜そうだな。帰るか」
と、タダシさん。
さっき出会ったばかりの二人にしては、不思議な会話ではある。
ユミさんは交差点の向こう側『KOBAN』と書かれた建物をチラリと見る。
「まっすぐ歩きましょうか」
「ん〜そうだな」
二人はゆっくり歩く。
ただただ歩く。
長袖のポロシャツに長ズボン。
夕方とはいえ、夏場に外出する格好ではない。タダシさんの足元はボロボロのスニーカー。
ユミさんは、仕事帰りのワンピース姿。
ヒールのつま先が少しジンとした。
ただただ歩く。
たったそれだけの共通点の二人。後ろ姿からは、どんな関係に見えるだろうか。
タダシさんは、若い頃の娘の姿を側に感じ、そしてユミさんもまた、年老いた父の姿を側に感じていたかもしれない。
ただ歩く。
そんな日もある。
ただ歩いて、ただ出会って、たださよならする。
ユミさんは、タダシさんの安全を見届け、交番を後にした。
タダシさんは、その後ろ姿を見送ることもない。
ユミさんが誰なのかも、知らない。
ユミさんが交差点を曲がるとき、タダシさんはそのすべてを忘れている。
二人の共通点は、ただ歩いた。
ただ、それだけ。
小牧幸助さんの楽しい企画に参加させていただきました。
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