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韓国発の人気作品「結婚商売」の設定考証に全力出した ④舞台

前稿③でまとめたとおり、「結婚商売」本編(ビアンカの回帰後)は、
・騎士が戦場の主役だった時代
・装飾レースが登場する直前(正確には流行の12年前)
ということから15世紀後半が適当ではないかと書きましたが、これってちょっと曖昧だなと思ったので③を補筆して、個人的見解は【1453年〜1460年】ということにしました。

さて今回は舞台、つまり場所についてです。

<セブラン王国の位置の推測ポイント>
・騎士は中世ヨーロッパの中でも英、仏、独に特徴的な存在
・首都が大陸有数の経済都市
・敵国(アラゴン王国)と陸続きで、カスティリャ王国とも接している
・人名の発音、貴族姓の前置詞が「de」

セブランは「大陸の覇権争いをしている騎士の国」

「結婚商売」は読めば読むほど「騎士」という存在が軸になっている物語です。
階級の話にもつながるのですが、15世紀の典型的な騎士はイギリス、フランス、ドイツの専売特許のようなところがあります。
ヨーロッパにおいて騎士という存在はかなり古くからあり、また他の国にももちろん存在するのですが、我々が今日思い浮かべる騎士というものは、封建社会(特に王制)の階級にあり、軍人であり、騎士道精神の遵守を重んじる存在で、特に階級と騎士道精神の点においてこの三国の騎士が象徴的です。
また、各種辞典においても「騎士道物語はイギリス、フランス、ドイツを中心に…」と記述されています。「アーサー王物語」や、ワーグナーの歌劇でおなじみの「トリスタンとイゾルデ」、「ローエングリン」などですね。

この点だけを見て「フランス」かは判断できませんので、次に作中の周辺状況を潰します。

まずセブランは「大陸の覇権を争っている大国」と書かれていますので、この時点で島国イギリスは脱落しますし、ドイツは当時「神聖ローマ帝国」(諸侯がそれぞれの領地の自治権を強く持っている集合体)なので、絶対王政の色が濃いセブランのイメージと合わないのです。ちなみにイタリアに至っては王政でさえありません。ていうか、イタリアという統一国家ではありません。遙か先のことです。

また、首都ラホズの記述が大変重要です。
アラゴンとカスティリャの間で100年耐えてきた地」とされています。つまり、イベリア半島のアラゴンとカスティリャに国土が接近しているということです。

アラゴン王国
③に補筆したとおりスペイン王国の前身のひとつで、フランスとピレネー山脈を挟んで対峙していた国です。バルセロナを有します。
作中にも「またアラゴンが侵攻してきたのか?」や、「尾根を駆け回るアラゴンの連中」という台詞がありますので、実際のアラゴン王国の地理と一致します。
ついでにいうと、ザカリーたちの対アラゴン戦争の主戦場はピレネー山脈付近ということが推測できます。ザカリーが「極寒の地でも耐えられるように馬を訓練せよ」と指示しているのも納得です。

カスティリャ王国
カスティリャについては「海の国」と表現されていて、これも実際のカスティリャ王国の地理と一致します。カスティリャとフランスはアラゴンほど国境を接していませんが、ナバーラ王国という小国(カペー朝フランス時代は同君連合)を緩衝地帯としつつ接しています。

地図さんざん探しました…こちらから拝借 https://fron.tokyo/37097

このことからセブランは、アラゴンとカスティリャに隣接している、絶対王政の騎士大国=ヴァロワ朝フランス王国と考えるのが自然です。

余談ですが、作中では第一王子ゴティエの御子アルベルはカスティリャ王女と婚約します。歴史上カスティリャはアラゴンほどはフランスと敵対していませんでしたので、婚姻は十分あり得ます。逆に、回帰前の歴史でジャコブがアラゴンと長年密通して王位を奪い、あまつさえアラゴンを併合したというのは、史実からすると「神にも背くような自国への裏切り」です。さすが陰険かつ狡猾なジャコブ。

 

貴族のお名前

これはすぐ気づいた方もかなり多いと思うんですが、セブラン貴族の名は「ファーストネーム・ド(de)・ラストネーム(家名、主には領地名がもと)」です。これはフランス貴族のネーミングルールです。
近世になると姓=領地ではなかったりしますが…。また、大貴族になると、もはや領地は今住んでいる領地ではなく、先祖時代の領地名だったりします。
なおザカリーは非常にわかりやすいルートで出世して名前が変わっています。
すなわち、出生時はザカリー・ド・ウィグですが、爵位と領地を得て、領地名を家名としてザカリー・ド・アルノーになっています。

現実世界で身近な例を2、3挙げますと、こんな感じでしょうか。

ドイツ(神聖ローマ帝国)
20世紀を代表する指揮者カラヤンは現代の国家枠ではオーストリアの人ですが、もとはドイツ貴族の家系です。オーストリア=ハンガリー帝国があった頃の本名は「ヘルベルト・フォン・カラヤン」です。

フランス
架空の人物ですが「ベルサイユのばら」のオスカル様はジャルジェ伯爵家の令嬢なので、本名は「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ」です。

余談:スウェーデン
私が子供の頃に「ベルばら」を読んでいて混乱したのが、マリー・アントワネットの宮廷風恋愛の相手「ハンス・アクセル・フォン・フェルセン」の名前です。
彼はスウェーデンの古い大貴族(伯爵家)ですが、なぜスウェーデン人なのに前置詞がつくのか疑問でした。今回ついでに調べたところ、フェルセン家の先祖の出身がドイツ領内だそうです。なるほど。

イギリスの貴族のお名前は非常に非常に面倒くさいので割愛。「プリンス・オブ・ウェールズ」とかありますが、あのofはちょっと違うんですよね。
※レオナルド・ダ・ヴィンチのように、貴族でもなんでもない人で地名の前に前置詞がある人もいますが、これは単なる出身地名です。ヴィンチ村のレオナルドさんですね。

人名の発音

ヨーロッパ、特にキリスト教圏の人名は「起源は同じだけど、国によって発音が違う」パターンが多いですよね。
キリスト教の聖人、ギリシャ神話、ゲルマンやケルトの伝承等が語源の名前が非常に多いです。
というか、最近でこそ欧米の芸能人が自分の子供に突拍子もない名前をつけていたりしますが、戦前だったら噴飯ものだったでしょう。

例)
洗礼者ヨハネ…ジョン(英)、ジャン(仏)、ヨハン(独)
使徒ペテロ…ピーター(英)、ピエール(仏)、ペーター(独)

作中の主要人物名でこの変化がわかりやすいのはジャコブですね。
ジャコブは聖ヤコブから来るフランス人名です(正体からするととんでもないですが…)。

また、ビアンカがザカリーに買ってもらった馬「イザベル」はフランス読みですが語源はヘブライ語の「イザベル(神への誓い)」で、これが各地で変化してエリザベス(英)、エリーザベト(独)、イザベラ(スペイン)などになります。

「ビアンカ」はイタリア語の白(ビアンコ)から来るイタリア周辺国に多い女性名で、フランスでもイタリアでも女性名としては同じ「ビアンカ」読みです。
ビアンカの父も「グスタフ」と、スウェーデンやドイツ圏に多い名前なので、ブランシュフォール家はアルプスに近いあたりが出自かもしれません。

「イボンヌ」は言わずとしれたアダムの妻イヴ(ヘブライ語で生命)を語源とする名前の一類で、ラテン語圏で「エヴァ」と同様に使われます。エヴァンゲリオン(ギリシャ語起源のラテン語で、福音)とは語源が違うので注意です。

そして「ザカリー」(仏)の語源は聖イサク(創世記の太祖アブラハムの子)で、アイザック(英)、イザーク(独)となります。


うーん、国の話だけで結構文字数を使ってしまい、アルノー領とラホズの地理モデルまでいけませんでした。
それはまた次回にします。

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