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旅の記録2021:川中島古戦場史跡公園&松代 on 2021/11/7

本日は昨日に引き続いての旅の記録です。戸隠から山を下り、川中島古戦場史跡公園と松代藩十万石の城下町、松代を散策してきました。

戸隠~川中島合戦古戦場公園

昨夜は六人定員の広い部屋を一人でゆったりと使わせてもらい、香港に単身赴任中の大学時代の友人と350㎖の缶ビールで2時間程zoomでガッツり話をしました。諸々の積もる話もあり、結構深い時間が楽しめました。

今朝6時過ぎに起きた時の温度は、0℃でした。窓を開けると、昨日に引き続き見事な青空が広がっていました。

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身支度を整えて、7時半過ぎに宿を出ました。霜がおりていたクルマのガラスの曇りをエアコンの暖房を効かせて取り除き、昨日上ってきたのと同じルートを今度は下りました。東向きにクルマを走らせるので、照りつける太陽の光が眩しいです。七曲がりなど急勾配のカーブを慎重にクリアしながら、一時間程かけて下界へと降りてきました。最初の目的地は、長野市の市街地から南に下った川中島古戦場史跡公園です。

川中島古戦場史跡公園/長野市立博物館

川中島の合戦は、戦国時代の英雄同士、甲斐の国の武田信玄と越後の国の上杉謙信の軍勢が、北信濃の支配権を巡って5回に渡って争った有名な合戦です。川中島は、千曲川と犀川が合流する地点の地名で、最大の激戦となった四度目の戦が、現在の史跡公園周辺で行われたとされています。

川中島古戦場史跡公園は、八幡原史跡公園とも呼ばれており、園内は緑の芝生と木々によって綺麗に整備されています。色々な言い伝えの残る八幡神社や首塚の他、長野市立博物館も敷設されていて、休日をのんびり過ごしたい時に訪れるにはいい憩いの場だと感じました。

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まだ時間もあったので、入場料300円を支払って博物館を覗いてみることにしました。館内は常設展示と特設展示で構成されていて、特設展示は「信州ゆかりの作仏聖―弾誓派から円空・木喰へ―」でした。常設展示には、太古からの善光寺平(長野盆地)の自然風土、歴史、民俗などについての豊富な資料が公開されています。小一時間ほど楽しみました。

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川中島合戦の説明には、二種類のビデオが用意されていました。実は川中島合戦についての定説とされてきたものも、実際には確かで信憑性の高い史料に基づいたものではないため、色々と異説があるようです。武田氏寄りの甲陽軍鑑の記述と上杉氏寄り北越軍談の記述とでは、かなり様相が異なることも、ビデオでは解説されていました。有名な信玄と謙信の一騎打ちのシーンも、事実かどうか、真相は今もわからないようです。

とはいえ、この地で風林火山と毘沙門天の旗が相まみえたのだなあ、と思うと、歴史好きには感慨深いものがありました。

松代

10時過ぎには公園を後にし、クルマで数分の松代にも立ち寄りました。長野市松代は、小さな町ながら、かつては信濃国最大を誇った松代藩十万石の城下町であり、当時の街並みが保存されています。

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松代藩の初代藩主・真田信之(1566-1658/11/12)は、戦国時代に活躍した奇才・真田昌幸の長男であり、真田信繁(幸村)の兄にあたる人物です。信之が、1622年に信濃上田藩からこの地に入封して以降、松代藩は江戸時代を通じて真田氏の所領でした。町のシンボル、松代城は、かつて海津城と呼ばれ、武田信玄が、北信支配の拠点として山本勘助に築かせた城でした。

松代藩は、幕末の思想家・兵学者で、幕末の志士たちに大きな影響を与えた佐久間象山(1811/3/22-1864/8/12)を輩出しています。象山からの教えを請う志士たちが松代を訪れたことから、『遊学城下町』という異名もあります。象山の生家跡は象山神社となっており、本日は七五三を祝う家族連れで賑わっていました。

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町歩きの途中で立ち寄った白井邸のボランティアの方に教えていただき、象山地下壕にも行ってきました。敗色濃厚となっていた太平洋戦争末期には、松代に天皇陛下をはじめ、大本営の中枢機能を移設する計画が極秘裏に進行していました。当時掘られた象山地下壕は、約500mの地下通路を無料で見学できます。

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松代~上田~松本

松代観光は13時過ぎに終え、ひとまず国道18号線を南下して上田を目指すことにしました。途中、2年前に千曲川氾濫の被害を受けた千曲市や坂城町を通り抜け、上田市に入った所で、市街地を避け、国道254号線を走って松本に戻るルートに決めました。

行きの国道19号線を北上するルートも紅葉が見事でしたが、幾つもの山越えとなるこの254号線も両サイドに紅葉風景が広がり、本当に素晴らしいものでした。運転に集中するため、写真を撮れなかったのが残念ですが、両目にしっかりと光景を焼き付けました。

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