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【実体験小説】 真夏の訃報 その2「疑惑の夜」

先日アップの「真夏の訃報」の続編です。

若い頃に体験した彼の事故死とそれに続く、リアルで少し、いや、だいぶおかしい出来事を小説風に綴ります。
前回は、沖縄の島で訃報を聞いて、「今夜は彼の霊が来るはず」と言いだして(ほんとにバカ)後輩を超絶困らせたところまで。
今日はその続きです。

<疑惑の夜>

私が東京の地を踏んだ時には、既に遠いかの地でしっかり骨となって、葬儀も終えていたNに、私がこれ以上できることもなく、沖縄から戻った翌日から普通に出勤を始めた。
ぼんやりと力の入らない私の耳にも、続々と事故のことが届く。
頭を含め全身をひかれ酷い状態であったこと、
事故直後はまだ少し息があったこと、
住居や荷物の整理は、行きつけの沖縄居酒屋の店主と常連を中心に進められているということ、
彼を偲んで毎夜どこかの飲み屋に人が集まっていること、
後日お別れの会が改めて開かれるとのこと。
出遅れてしまった感のある私は、なんとなくそれらから距離を置いていた。最期を見送れなかったことを気に病んでいると思った先輩が
「Nはさぁ、いっちーには傷だらけの顔を見せたくなかったんだよー、きっと。」
と慰めてくれた。
突然の事故であったが、日曜の早朝の出来事だったためか、

友人知人もすぐに動けた人が多かったようで、仮の通夜会場に安置されたNに別れを告げられなかったのは、知る限り私だけのようだった。
先輩はオブラートに包んではくれていたが、傷は縫合され、死化粧はされていたものの、あまり見栄えのよいものではないことは伝わってきた。
私にとっては「いってらっしゃーい」と沖縄へ見送ってくれた笑顔が最後となったのは、意味のあることかもしれないと、少しロマンティックに自分に言い聞かせた。

そんな私の携帯に、神奈川県警から着信があった。なんでも、確認したいことがあるので、平沼署に来てほしいとのこと。Nが事故を起こしたのは横浜市内で、たまたま私の家からは近い場所だった。

仕事後人生で初の警察署へ向かう。
警察官は思いほのか丁寧で、恭しく訪問の礼を述べて、個室へと私を案内した。ドラマで見るような無機質なイスに着席すると、警官に代わって刑事のような風貌の二人が入ってきてデスクの向こうに座った。

警官の低姿勢とは打って変わって、睨むような顔つきである。デスクに肘をつき、ずずっと体勢を前に押し出し低い声で

「9月〇日の深夜2時頃、どこに居ましたか?」
と刑事風の一人が切り出した。
ドラマで聞く例のヤツだ。

「私は今、アリバイを聞かれている・・・!」

いきなりだ、まったく私には用意の無い質問だった。
思わず、どこかにマジックミラーの小窓があるんじゃないかと見渡した。裏に杉下右京が居ると言われる可能性すらあった。(絶対にない)

私の事と連絡先を警察に伝えたのが、今となっては誰で、どのように話したかわからないのだが、相当な間違いが含まれていたようだ。「親しい間柄なのに、仮通夜にも葬儀にも現れず、住居片付けにも協力せず普通に生活している女」

怪しい・・。
いや、怪しくはないのだが、 そう思われてる感じはヒシヒシと伝わった。
そんな余計な情報ばかりで、私が旅行中だったという肝心な事が伝わっておらず、私を怪しいと決め込んだ刑事(もう刑事って事でいいや)は、とにかくアリバイを聞いてくるのだ。

確かに、私とNの家の最短ルート上に事故現場はあるのだ。そして私の家からも近い。

怪しい・・。
いや、怪しくはないんだ!!
いや、その前に「怪しい」ってなんだ。
自動車とバイクの事故なんだぞ?
当事者以外に「怪しい」人を探す必要ってなんなんだ??

訝しがる刑事に、旅行で不在にしていたことを説明しても、納得がいかない様子。

Nは事故直前に私の家から出て、現場を走っていたのではないかと言うのだ。要領を得ないので、いくつか質問をしてみると、どうやらこの二人は事故に至ったストーリーを作り上げたいようなのであった。

飲酒運転への意識ががまだ低いころの話ではあるが、Nは酒気帯びで、事故直前に並走していた4WDの運転手と何かの理由で走りながら口論、停車させて話をしようと車の前に出たところ、転倒(4WDの故意の追突の嫌疑有り)、そのままひかれたようだ。
刑事は店での飲酒からの事故ではなく、私との揉め事で気が立って私の家を飛び出し帰宅している途中、車とも些細なことがあり口論に至ったという報告書を作ろうとしているように見受けられた。

当時から(今も変わらなくて、会社で出世どころか、左遷の憂き目にあってる理由の一つだが)、間違ったことを権威に任せて押し通そうとする態度がとにかく許せず、旅程の詳細と、同行者がおり証言もとれること、

なんなら航空券の控えもあることなどをまくしたて、私の家からの帰途説は全否定し、ついでに「怒りっぽい」と設定されそうになっていた彼の性格も訂正しておいた。

 しぶしぶ納得した刑事は、

「では・・」

とNの本人確認を求めた。「見るには少しお辛い写真もありますが・・・」とファイルを開いた。

そこには、検視の際に撮られたであろう様々な角度からの遺体のモノクロ写真が貼られていた。息絶え目を閉じたその顔には斜めに長く深い傷がはいり、納棺の為の清拭前だからか、顔や首に飛んで凝固した血の跡が痛々しかった。Tシャツは胸元が破かれていて、現場で蘇生活動が行われていたことを物語っていた。

「心臓マッサージしたら、最後息を吸って呻いたんだって!生きたかったんだねぇ」先輩の説明がよみがえる。

後頭部から背中にかけての写真にも車が乗り上げていった痕跡ははくっきりと残っていて、頭皮は一部えぐれて剥げており、カラー写真であれば生々しさに目を背けていたであろうと思う。

「Nに間違いありません」ファイルをさらにめくろうとする刑事を制して私は言った。刑事は、本人の確認をしたいとうより、写真を見た私の反応を観察しているようだった。それを察知していた私は何一つ推し量れない程の無表情で通した。せめてもの、この意味もない淀んだ部屋へのささやかな抵抗だった。

もうこの世におらず、既にこの写真の姿さえ保っていない死者の本人確認。それが何のためなのか、疲れ切った私にはもうどうでもよく、一刻も早くこの場所を去りたくて、

「もうよろしいでしょうか?」と退室の許可を得て、署の外へ出た。

 平沼署の前から事故現場にもつながる国道を、ヒュンヒュンとスピードあげて走り去る車たちを眺めながら

「Nはイッチーに、傷だらけの顔みせたくなかったんだよ!」という先輩の言葉を思い出していた。

 「誰よりもひどいヤツ、見る羽目になったわ!」 

死後の世界があって、Nにまた会うことができたなら、最初に毒づいてやりたいと思った。

ロマンチックで終わらないところが、なんとも私と彼らしいと頷きながら、まだ暑さの残る横浜の夜に漕ぎ出した。

・・・・・・・・・

今回もお読みいただきありがとうございました。

初編よりちっと重めでしたね。

<遺品争奪戦と、Nの霊見たらエライ大会>に続きます。

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