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108つの煩悩 覚え書き②「国境にて」  


「はい、どうぞ」空港のカウンタからバックパックを受け取る間に、小早川信太は死にかけた。山颪の風が吹いていた。まるでさざめくような、それなら見ていてもう柔らかくない風がまるで信太の心の中を去来する。他に例えようがないような、いやふつふつと湧き出る出る泉のような、あるいは他の世界の下にある窪地にたたずむ吟遊詩人のような。

そのくぼみに沈んだ、谷のような場所からいつの間にか心が、ただただ持ち出したてしまっただけのこれっぽっちの気持ちが生まれてしまった。
風神が色を加えて空を飛び飛びるようにしていたら愉快な風だらう。
まだ国境の町は青い色に染まっている。丸で囲まれた場所。ラベンダー畑の一面に広がっている海は水平線まで広がっていて美と香さえも漂う。時のシジマを縫って、沁みる目の前に流れる、いきり立った刺のような思い出が再び信太の中を駆け巡る。

胸に手を当ててあの日を思う。けれど涙は流れない。ただ、虚しさだけがワインの底にたまった澱のように、あるものといえば、きっといま、この瞬間の俺のように気怠さを放っている。
「はい、ここにいます。ここにいます」だけのただ一点の主張を残すために。ここに存在している。ただありのままの自分をかみしめるという言葉でも言葉でももう 言葉では無く戯事だ。

「井口、仰々しくよろしく。」気持ち詰め込んでみて、もう心は空腹であるには違いないあるのは、手配した紙の主の取り計らいも虚しく眼前で終わってしまった。

@marky2023.1.19

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