108の煩悩 覚え書き①「箱」@marky

タマシイは形が無くて見えなくて茫洋としているから、手に取って見たくなるように
タマシイを箱の中に入れてまずは保管してみようかと思った。

まずは、基本儀式だ。箱の中に入れるもの、言魂、玉櫛、緑色のビー玉、ビロード、壊れたランタン。その他のオブジェクト。
 個々に僕の個人的な思いが詰まったものを机の上に並べる。
 ただし順番を間違えては、元も子もない。正しい手順で、机の上に直角運動を行うように正確に置いてゆく。
 服装は、上下、黒の作務衣、一本足の下駄を履く。両耳から雑音が聞こえないように、デスメタルの音域にairpodを両耳に挟んでいるのだが、下の階からは狄塚の怒鳴り声が聴こえている。
 白いスニーカーの靴が汚れたのはお前のせいだというような喧嘩に近い内容だった。50すぎまで狄塚を養子に迎え入れ、甲斐甲斐しく彼の面倒を見ていた曽祖母はたちまち彼に裏切られた。3年前の冷夏の頃だった。曽祖母は縁側で斑猫を抱いて、垣根に止まっている雀をぼんやりと眺めていた。夏の昼下がり、蝉は鳴いていない。曽祖母の見誤りは“誰そ彼”に魔がやってくる、その時しか魔はやってこないのだと思い込んでいた彼女の浅はかさに原因はあったのかもしれない。
 よもやその事象に抵抗するだけの力も体力も何もかも残されてはいなかったのだが。

奇跡的に一命を取り込めた曽祖母は、刑期を終えた義息子の狄塚と性懲りも無く一緒に暮らし始めた。おそらく、二人ともが、何処にも行くことも、お互いから逃げることも出来なかったことが所以であるかのように。
 始まりの狼煙が上がった。いや終わりの狼煙なのかもしれない。実のところ“その時”が来るタイミングを彼女は虎視淡々と窺っていたのかもしれない。
 死者を呼び出すとされる、「死者の書」を開き、曽祖母は呪文を唱え始めた。

そして儀式は続く。
彼女はもう一度、恍惚の表情で眺める。生贄を決めた猛獣の眼差しをしていた。机の上に並べ終えたオブジェクト、言魂、玉櫛、緑色のビー玉、ビロード、壊れたランタン。その他の物。否、物の怪たち。
 夏の終わりだったような気もするし、夏の入り口だったような気もする。なんとなく風が強い日で、庭に、真白い洗濯物が陽炎のようにゆらゆらと揺れていた。
 怨念のようなあの人の思い出がいっぱい詰まったオブジェクトを箱の中に28回ほど入れる。あの人が蘇るように。いや、蘇らないように。タマシイには形が無くて見えないから。

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