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広辞苑で「甘い」の意味を調べると、4つ目くらいにうちのおじいちゃんが出てくる。



広辞苑で「甘い」の意味を調べると、4つ目くらいにうちのおじいちゃんが出てくる。孫の顔を見ると口角は上がり、目尻は下がり、おーよしよしと口から出るようプログラミングされている。私が小学校に上がる頃に「こっそりお小遣いを与える」が実装され、当時親から貰ってた数百円がなんともまあ少ないことに気付かされた。


おじいちゃんの家の戸棚にはいつ見てもポン菓子が入っていた。お米を砂糖と水飴でコーティングして米俵の形にしたそのお菓子を、ほら。と言っていつも渡してきた。おじいちゃんの家でしか見ないそれは硬いけれど優しい味がした。


おじいちゃんは同じ話を何度もする人だった。
浪人中近くの川が氾濫した話。おばあちゃんの希望で初デートが登山だった話。流れ弾で戦死した先祖の墓を弾丸の形にした話。妹がどんぐりを飲みこみ私が騒ぎ立てた話なんて年々誇張され、近年は街中を走り回ったことにまでなっていた。


だからおじいちゃんの認知症が進んでいることに誰も気付かなかった。周りもまーた同じ話してるよ、くらいにしか思ってなかったし、本人も気付いていなかったと思う。


ついさっきくれたポン菓子を食べてる私の元に、新しいポン菓子を抱えてきた祖父の顔は今でも忘れられない。誰からもらったの、とでも言うような表情を前にして、口の中で溶かしてしまえない硬さがもどかしかった。


祖父はそこからあっという間に体調を崩し、帰らぬ人となった。葬儀は近しい人だけで行う予定だったが、小さな町ではすぐに話が広まり大勢の人が集まった。みんなが思い思いの品を入れる棺の端の白い水仙の横に私が置いたひと袋は、火葬後に甘い匂いすら残しておらず胸が苦しくなった。


私は今も甘いものが大好きで買い物に行けば必ず何か買う。和菓子も洋菓子も見たことないお菓子もカゴに入れる。この前スーパーで手に取った懐かしいパッケージのポン菓子は、記憶の中と違う味がした。



広辞苑で「甘い」の意味を調べると、4つ目くらいにポン菓子を抱えたうちのおじいちゃんが出てくる。ほら。と言って渡すそれは、硬いけれど優しい味がすることを私は知ってる。

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