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誰かに憧れ続けた人生だった

過去形になっているが遺書ではありません(笑)。
大した内容ではないけれど最近ずっと考えてきたこと、Twitterには長そうだからnoteにします。

子供の頃から、自分以外の他人を羨ましいと思う心が強かった。
持ち物、服装、髪型、顔、体型等見た目に飽き足らず、作品、文字、声、地位や名誉・・・自分にないものを持っていると全部すぐ羨ましくなってしまう。それに、何かについて上手くいった人の成功談を読むと、真似したほうが良いのかなと思ってしまいがち。もともと自分に自信がない自尊心底辺な人間なので、そうなってしまうのかもしれない。
「自分にない」=「自分よりすごい!」という思考回路なのかな。

だけど私の憧れてきた人たちって、「自分のことをしっかり知って理解して、自分に何が合うのか見きわめて選ぶ」という生き方をしている人が多いような気がする。誰かに似合っていたから、真似したら自分に似合うとは限らないし、誰かが上手くいったから同じようにしたら成功する、とは限らない。方法のひとつとして参考にするのは正しいし有効だと思うけど、鵜呑みにする必要はない。

それに、誰かの真似をして、誰かの人生をなぞって生きたら、誰の人生になってしまうんだろう。そこに私はいるのかな、と思った。このままだと私の人生は、そのなぞった憧れの人たちの生き方を貼り合わせた人生になってしまうんじゃないのかな。・・・ちょっとゾッとした。

私は私の生まれ持った顔と身体と心をしっかり受け入れて、これが自分なんだなあと納得して、それに似合うものを考えて、そうして生きられたとき、胸を張って自分を好きだと思えそうな気がしてきた。色々新しい何かを取り入れて自分自身に試してみたとき、良いか悪いかは自分の身体や心が返す結果がすべてだ。その声にもっと真摯に、敏感に、丁寧に、生きようかなあ。

自分のことを愛せないから、それを覆い隠すために他人に憧れて真似をするのは、良くないことだなあと思う。せっかく生きるのなら、私は私のやり方で自分の人生を生きて、自分以外の世界と関わって向かい合いたい。来年はもっとそういう年にしたいな。(唐突な年末感)

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